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天皇陛下が在位30年記念式典で語った「民度のお陰」の真意

NEWSポストセブン のロゴ NEWSポストセブン 2019/03/04 11:00
いよいよ平成も残りわずか(時事通信フォト) © SHOGAKUKAN Inc. 提供 いよいよ平成も残りわずか(時事通信フォト)

「在位30年記念式典」で、国民に語りかけた天皇陛下の姿は、いよいよ平成という時代の終わりが迫ってきたことを実感させた。天皇陛下は国民へ何を伝えようとしているのか。皇太子時代からの数々の発言をまとめた単行本『天皇メッセージ』から、そこに込められた思いを著者・矢部宏治氏と一緒に考えたい。

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「I shall be Emperor」(私は必ず天皇になります)

 これは明仁天皇(「昭和天皇」や「天皇という概念」と区別するため、私はこう呼んでいます)が15歳の春(1949年4月)、学習院高等科の最初の英語の授業で、「将来、何になりたいかを書きなさい」という課題に対して書いた回答です。その真意を明仁天皇はそれから40年近く経った1987年9月、アメリカの報道機関にこう説明しました。

「普通の日本人だった経験がないので、何になりたいと考えたことは一度もありません。皇室以外の道を選べると思ったことはありません」

 この言葉の背景には、冒頭の回答の前年(1948年)12月23日、まさに明仁天皇の15歳の誕生日に、7人のA級戦犯が処刑されたという重い現実が影を落としています。それは明らかにGHQによる意図的な行為で、その後、誕生日を迎えるたびに明仁天皇はA級戦犯の処刑を思い起こし、第二次大戦と日本の敗戦について、昭和天皇の戦争責任について、さらには新しい時代の象徴天皇制について、さまざまな思いをめぐらせたはずです。

 ですから私は現在の日本で、明仁天皇ほど、少年時代から重荷を背負い、そのなかで、もがき、苦しみ、深い思索を重ねた方はいないのではないかと思っています。

 また、だからこそ、象徴天皇という制約のもと、大きな苦悩の中から発信されてきた、徹底的に考え抜かれたメッセージに心打たれるのです。今回の在位30年式典での言葉は、その集大成というべき内容でした。

「私がこれまで果たすべき務めを果たしてこられたのは、その統合の象徴であることに、誇りと喜びを持つことのできるこの国の人々の存在と、過去から今に至る長い年月に、日本人がつくり上げてきた、この国の持つ民度のお陰でした」

「民度」という言葉を使われたことに少し驚きました。この表現は直接的には災害時における日本国民の節度ある行動を“褒められた”ものですが、その背景には退位にあたってのご自身の真意を国民が理解し、支持してくれたことへの感謝と信頼の意味も込められていたのではないかと思います。

 2016年8月8日のビデオメッセージで、明仁天皇は自らの退位について「国民の理解を得られることを、切に願っています」と語られました。そのとき一部の右派からは、「陛下はご自身のお役目を理解されていないのではないか」「天皇が『個人』の思いを国民に直接呼びかけ法律が変わることは、あってはならない」などの批判の声があがりました。

 しかし大多数の国民は、明仁天皇がこれまで全身全霊で築き上げてこられた「つねに国民の苦しみの現場に身を運び、その思いに同じ目線で寄り添う」という象徴天皇のあり方をよく理解し、高齢のためそれができなくなったので譲位したいという考えを心から支持した──そのことへの感謝と信頼の思いもおそらくあったのでしょう。

 同時にそこには、次代の象徴となる徳仁天皇に対しても、国民がその困難な道程を、同じように理解し支えていってほしいという願いもあったと思います。こう述べられているからです。

「憲法で定められた天皇像を模索する道は果てしなく遠く、これから先、私を継いでいく人たちが、次の時代、さらに次の時代と象徴のあるべき姿を求め、先立つこの時代の象徴像を補い続けていってくれることを願っています」

※週刊ポスト2019年3月15日号

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