古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

安否確認や炊き出しの記憶生々しく 岩手・陸前高田の町内会が「自主避難所」の記録誌

毎日新聞 のロゴ 毎日新聞 2020/11/22 08:18 毎日新聞
「災害から一人ひとりを守る」を編集した千葉浩一さん=岩手県陸前高田市高田町の和野会館で © 毎日新聞 提供 「災害から一人ひとりを守る」を編集した千葉浩一さん=岩手県陸前高田市高田町の和野会館で

 東日本大震災当時、岩手県陸前高田市で自主避難所を運営した町内会が、運営に関わった地元の人や、避難者などの声をまとめた記録誌を発刊した。震災の伝承が課題となる中、住民の「災害に備えることや助け合うことの大切さを改めて考えるきっかけにしてほしい」という願いが込められている。【三瓶杜萌】

「共助」の大切さを伝承

 「災害から一人ひとりを守る」と題された記録誌を発刊したのは、同市高田町の上和野町内会。市中心部に近い高台の地区で、津波の被害はほとんどなかったが、集会所の「和野会館」には、市中心部などから最大で195人が避難した。市の指定避難所ではない「自主避難所」で、町内会の自主防災会を中心に震災発生から3カ月間、運営を続けた。

 「懐中電灯の明かりだけを頼りに避難者名簿を作った」「近くに小学校があり、子どもの安否確認に必死なお母さんがいっぱい来た」「3升の釜で米を10回も炊き、やけどになるくらい急いでおにぎりを握った」――。記録誌には、避難所運営に当たった住民らの生々しい記憶が並ぶ。「大変なことの連続だった。でも震災の1年前に組織した自主防災会が機能してくれた」。会の事務局長として避難所を運営し、記録誌の編集にも当たった千葉浩一さん(78)は当時を振り返る。防災意識を高めるために役員の数を大幅に増やし、情報伝達班や炊き出し班などのグループに細かく分けた。医療職の住民3人には救護班に入ってもらった。炊き出し訓練も実施した。震災はそんなさなかに起きた。

 会館には会のメンバーが交代で寝泊まりし、被災者の支援に当たった。多い時には60人近くが駆け付けた。「せっかく下(市中心部)から上がってきて助かった命を、見捨てるわけにはいかない」と踏ん張った。

 活動を機に、震災後も続くつながりが生まれた。会館を拠点に、市内各地でボランティア活動を展開した学生たちだ。避難所を閉じた後も、仮設住宅の住人との交流会に参加したり、夏祭りを手伝ったりと地域を盛り上げてくれている。地区の人口が減る中、その学生たちに会館や陸前高田で起きたことの伝承を期待し、記録誌にも寄稿してもらった。

 1日に発刊し、町内会や関係者に発送している。市立図書館などにも置いてもらう予定だ。「身近な生活圏で防災をきちんと考えておくことがいかに重要か。被災地の外にも届けたい」と千葉さんは記録誌に思いを託している。

市が運営マニュアル

 陸前高田市では、人口の半数近い約1万人が避難生活を余儀なくされた。指定避難所も被災する中、受け皿になったのが、地域の公民館などに住民が開いた自主避難所だ。市によると、自主避難所は最大58カ所開設され、全避難所の約7割を占めていたという。

 市は自主避難所を運営した住民らに当時の話を聞き取り、2015年に避難所運営マニュアルをまとめた。上和野地区のように充実した運営準備ができるよう、組織の立ち上げ方から記した。

 市職員にも多くの犠牲者が出た同市では、人手不足で自主避難所の状況把握が十分できず、食料などの物資が行き渡らなかった。その教訓をもとに、各地区に市災害対策本部の下部組織「地区本部」を設け、避難所の運営に当たる市民にも来てもらい、情報を共有することにした。

 市防災課の中村吉雄課長は和野会館について「震災前から自主防災会が積極的に動いていたことがスムーズな運営につながったのでは」と分析する。「コロナ禍で3密を避けるには、各自主避難所で受け入れる人数を分散する必要がある。震災10年を機に、自主防災組織の意識を高める仕掛けを打っていきたい」と語った。

毎日新聞の関連記事

image beaconimage beaconimage beacon