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日本人は地域のダークサイドに無関心すぎる 「悲しみの土地」を観光することで見えるもの

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/08/13 10:00 井出 明
2011年3月11日に起きた東日本大震災で被災した岩手県宮古市(写真:編集部) © 東洋経済オンライン 2011年3月11日に起きた東日本大震災で被災した岩手県宮古市(写真:編集部)

人類の悲劇を巡る「ダークツーリズム」が世界的に人気です。悲しみの土地をあえて気軽に観光することで見えてくるものは何なのでしょうか? 日本ではまだなじみが薄いこの旅のポイントを観光学者の井出明氏の新著『ダークツーリズム 悲しみの記憶を巡る旅』から抜粋して考えます。

ダークサイドを観る意義

 「闇があるから光がある」

 この言葉は、プロレタリア作家・小林多喜二が、愛する田口タキに送った恋文の一節である。小樽で育ち、地元の名門校を出て銀行に就職した多喜二は、親に売られ、小料理屋で私娼として生きる彼女と運命的な恋に落ちる。エリートである多喜二の求愛に彼女は気後れするが、手紙では「つらい経験をしたからこそ、これから幸せの道を探していこう」という流れの話が続く。

 人生でダークサイドをまったく持たない人間はまずいないであろうし、そのつらく厳しい過去は人としての魅力を培う。地域にも、光の部分があれば、必ず悲しみをたたえた影の記憶もある。悲しみの記憶を巡る旅人たちは、その地に赴き、亡くなった人たちの思いや、場の記憶を受け継ぐ。そしてそれを持ち帰り、また誰かに伝えていく。

 ダークツーリズムとは、戦争や災害をはじめとする人類の悲しみの記憶を巡る旅である。私は、以前から、戦争や災害の跡はもちろん、人身売買や社会差別、そして強制労働などに関連する場を訪れてきた。

 なぜそのような場所に興味を感じたのかはよくわからなかったが、訪れるたびに、「忘れないでおこう」という気持ちだけは強く持つようになっていった。非業の死を遂げた人々の無念の思いを受けとめ、大学という場で若い人たちに伝えていくだけでも、「何らかの価値」はあるのではないかと思っていた。大学という世界で働いて17年になるが、長いことこの「何らかの価値」の正体がわからずにいた。もう少し掘り下げて考えてみよう。

「忘れられる」という2度目の死

 防災の世界では、しばしば「人は2度死ぬ」というフレーズが語られる。肉体的死が1度目の死であるのに対し、その人を知る人がいなくなってしまうことを2度目の死と呼ぶ。「2度目の死」は多重的な意味を持つ。畑中章宏『災害と妖怪 柳田国男と歩く日本の天変地異』(亜紀書房)では、洪水の多い地域に「蛇崩(じゃくずれ)」や「蛇谷(じゃだに)」という地名が多いことを指摘している。私も日本各地の自然災害の跡を訪ねたが、そこにはひっそりとお地蔵さんが置かれていることも多い。開発の流れの中でこうした地域の地名が変更され、お地蔵さんが除かれてしまったらどうなってしまうだろうか。

 それは、この地で生き、この地で死を迎えた人の記憶を地域が失ってしまうことを意味する。つまり、「2度目の死」が起きてしまっているのである。そうなるとここに住む人々は、以前よりも災害を恐れなくなってしまうだろうし、何より備えを怠ることになりかねない。その結果、久方ぶりに豪雨があると、現住する人々は予想もしなかった新たな死を迎えることになる。

 悲しみの記憶を失うことは、生死の問題以外にもさまざまな弊害を生む。拙著でもハンセン病にまつわるダークツーリズムを詳しく取り上げているが、私たちは何ら科学的根拠もなく「ハンセン病」という病歴を持った人々を差別してきた。この問題についても、自分たち自身への問いかけが欠けていたと考えることもできる。

 勉強や学びなどという言葉を大上段に振りかざさなくとも、悲しみの場に赴き、そこで過ごすのであれば、心に何かがしみ始める。悲劇の記憶を辿ることはつらく苦しいことかもしれないが、こうした経験を重ねるうちに、自分の命が驚くほど多くの偶然によって支えられ、何者かに生かされているという感慨を持つようになる。福島第一原発の事故の後、北関東のホテルで福島ナンバーの車を拒むなどのいわれなき差別が続発した。放射能に対する科学的無知が、被災者を拒絶するという、あってはならない状況を生み出してしまった。私たちが、社会としてハンセン病に関する悲しみを承継できていれば、このような事態は避けられたのかもしれない。

 多くのダークツーリストたちとの交流を踏まえてかんがみると、この時、ツーリスト自身に内的なイノベーションが起こり、自分の人生を大切に思うようになってくる。そして、今ある自分の命を何らかの形で役立てたいという気持ちも湧き上がってくるのである。

 人間にこのような再生の機会を与える旅として、ダークツーリズムは非常に大きな可能性を有している。にもかかわらず、我々日本人は、これまであまりにも地域のダークサイドに対して無関心に生きてきたのではないだろうか。むしろ、あえて無視し続けてきたと言っていいかもしれない。

 地域の悲しみの記憶は、実は隠すべき対象ではなく、潜在的に新しい価値を有している。そしてダークサイドの持つ価値は、これまで述べてきたように単に教訓にとどまらず、生き方の覚醒や社会構築といったレベルにまで多面的に波及する。こうした価値を重視した場合、「ダーク」という言葉を、お為(ため)ごかしのように明るい単語に無理に言い換えないほうが本質をつくこともわかる。ダークツーリズムに関する研究や旅行商品の開発は、決して地域に傷をつけるものではなく、地域に新しい価値を見出すための契機となるであろう。

ダークツーリズムから観る近代

 また、筆者が研究を続けていくうちにわかってきたことであるが、ダークツーリズムの旅を続けることで、近代の構造が見えてくるという効用があった。これは複数の地域を巡ると腑に落ちてくると思う。

 たとえば被爆地としてのヒロシマやナガサキで語り部の声を聞いたとしても、「お気の毒ですね」というレベルの共感と、核兵器に対する一方的な怒りしか湧いてこないのかもしれない。これ以前に、一般市民への無差別大量爆撃の前例としてはゲルニカの悲劇があり、日本人としては、(筆者はまだ赴いてはいないものの)中国が「無差別」と主張する重慶爆撃との共通点と相違点を考えるべきであろう。

 さらに、核を肯定するテニアン島のエノラ・ゲイ出発地の記念碑やラスベガスの核実験博物館などの説明を通じて、マクロ的に「核というものはどういう意味を持っていたのか」という問いに対する多面的な歴史観が構築されてくる。換言すれば、国民全体が関わるようになった近代の戦争と、その帰結としての核の投下という事象に対して、一人ひとりが体系性を持った思いを語ることが可能になるのである。

 これはある意味気楽な「旅人」だからこそ味わえる経験であり、1カ所に根を下ろして、その地と同化した場合は、距離を置いた体系性をとらえることが難しくなってくる。被爆者一人ひとりの体験も言葉も重いがゆえに、かえって全貌が見えにくくなるのである。

 歴史家の山室信一が『キメラ──満洲国の肖像(増補版)』(中公新書)において「その時代を生きたということは必ずしも、その時代を総体として知っていたということを毫(ごう)も意味しない」と述べているとおり、個別の事象を体験された方の話はそれぞれ重要ではあるけれども、それだけでは歴史なり、社会なりの全体像を把握できないという問題は常に意識しておいたほうがよい。多くの情報を受け手側で集め、それを再構成することの意義がここでは説かれている。

 そして、同書は別箇所で「空間そのもののありかたや空間認識という観点から人文・社会科学研究の再構築を図ることが、21世紀には緊要な課題として浮かび上がってきている」という問題提起を行っている。考察の対象を理解するためには、それがどの程度の距離なり、大きさなりを持っていたかということを知ることは非常に重要である。にもかかわらず、これまでの日本ではこうした直観的な感性に訴えかける研究方法はあまり顧みられることはなかった。ダークツーリズムが、非常に強力な分析のツールとなっているのは、訪問することによってこれまでないがしろにされてきた空間への理解が促進されるということも一つの理由ではないかと推察される。

 悲しみの記憶を求めてさまざまな地を旅することで、「近代とは何か」という根源的問いに対するそれぞれの思いが湧き上がってくるであろう。これこそが、ダークツーリズムを体験することで得られる本質的価値の一つと言っていい。

 ダークツーリズムは1990年代からイギリスで提唱され始めた概念で、学術論文には1996年に登場し、初の学術書は2000年にJ・レノン教授とM・フォーレー教授によって著された。

ダークツーリズムの歴史と未来

 これまで観光資源として認識されていなかった戦争や災害、そしてさまざまな死の現場といった悲劇の場に人々が訪れる現象を彼らは総称してDark tourismと名づけた。従来、War tourismやHolocaust tourismという個別の呼び名はあったが、人類の悲劇を巡る旅を同じカテゴリーに置いて分析を始めた功績は大きい。そして、このDark tourism概念は、セントラル・ランカシャー大学のR・シャープレー教授とP・ストーン教授によってブラッシュアップされていった。

 ヨーロッパでは、歴史的記録はポジティブな情報だけでなく、地域にとってはあまり好ましくないネガティブな情報も引き継がれ、一部は展示に供される。つまり、自分にとって都合の良い情報だけを扱うわけではなく、思い出すこともつらく悲しい記憶が当然のように承継されているのである。

 いわゆる「負の遺産」は極めて日本語的な概念であり、英訳しにくいと言われている。英語で遺産を表すheritageや、伝説を表すlegendは、決してポジティブな話だけを扱うわけではない。人類の活動の結果残された記憶は、必然的に良い面もあれば悪い面も持つわけで、そうした両タイプの記憶を大切にしようとする考え方がヨーロッパには根づいていた。したがって、ダークツーリズムという新しい言葉が現れた時も、人々は違和感なく受け入れることができたのである。

 筆者としては、地域のダークサイドを記録し、その価値を受け継ぐことの重要性を伝えていきたいと考えるが、実は日本こそ、ヨーロッパと並ぶダークツーリズムの発信拠点になるべきであると考えている。

 まず、自然災害が多発することが理由の一つに挙げられる。ヨーロッパのダークツーリズムの教科書でも、自然災害の跡が観光対象になるとは書かれているが、実は具体的な記述がほとんどない。これは、ヨーロッパに自然災害があまりないからであり、少ない記述を見ると約250年前のリスボンの地震や、論文では英語圏から発信されているということで2011年のカンタベリー地震を取り上げているものが散見される程度である。

 日本の場合は、死者をともなう地震災害は言うに及ばず、火山災害でも過去に多くの犠牲者を出している。もちろん慰霊や学習などの目的でこうした地域に入りたい外国人はたくさんいるものの、英語での発信がないため、アクセスすることが難しい。欧米では日本の情報を知りたがっているにもかかわらず、これまでアプローチをあきらめてきた節がある。

 今後は、日本から自然災害に関連したダークツーリズムの情報を積極的に発信することで、すでに欧米で発達したダークツーリズムの方法論との高次のコラボレーションが期待されるとともに、新しいダークツーリズムの展開が予想される。

 また、ヨーロッパで発達した戦争のダークツーリズムに関しても、日本からは独自の発信が行われるべきであろう。ヨーロッパにおける第2次世界大戦に関する記憶は、ヒトラーを悪のシンボルに見立て、二度とファシズムの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許さないというテーゼを確立することに中心が置かれていた。したがって、ダークツーリズムの研究もナチズムを復活させないための方法論として分析されることが多かった。

 一方、日本の第2次世界大戦は、中国に対する侵略の側面もあれば、一部南方に対しては解放戦争としての性質も有していた。同時に、サイパンなど旧南洋庁の島々では、日本の統治を肯定的に評価する声も多々ある。このように、日本の戦争は多面性を持ち、単純な二元論では割り切れない。日本が公に自己の戦争を肯定することは許されないが、日本の第2次世界大戦に関連する研究を発信することで、ヨーロッパとは異なる戦争のコンテクストへの理解が広がることも期待される。

 さらに、近年まで続いた元ハンセン病患者の強制隔離や近世から近代にかけての隠れキリシタンの苦難については、日本に固有のダークツーリズムのコンテンツであり、海外のダークツーリストに対しては、大きな訴求力を持つ。こうした日本に独特の悲劇に関する研究は、日本が国として受け入れるツーリストの幅を広げることにも寄与するであろう。

 このように、わが国は今後のダークツーリズムの研究および発展に独自の立場から貢献することが可能なため、より積極的な立場からこの新しいフロンティア領域を開拓していくことが求められる。

 一方、日本において顕著に見られる傾向であるが、悲劇の場への来訪を不謹慎と見なす風潮は、ダークツーリズムの普及の足かせとなっている。

 ダークツーリズムの意義を説くことは重要であり、これは私自身の責務として果たさなければならないが、現実の世界では次から次へとさまざまな問題が起こっている。観光学は理念だけでは成立しない分野であり、現場の問題を解決できなければ画に描いた餅になってしまう。

 悲しみの記憶の断絶が、さらに大きな悲しみを招来する可能性がある以上、新たな悲劇を生まないためにも、その記憶を確かなものにすることは非常に重要な意義を持つ。そして、その記憶の承継こそがダークツーリズムが担うべき本質的役割なのである。

ダークツーリズムで残された課題

 Dark tourism(ダークツーリズム)という言葉が生まれて、まだ20年程度であるが、問題も現れ始めている。この新しい旅の形は世界中で広まりつつあり、ダークツーリズムの聖地とも言われるアウシュビッツでは、ここ10年で入場者数が3倍以上に増えてしまい、博物館には長蛇の列ができている。

 実は、アウシュビッツ訪問の拠点となるクラクフからは、ツアーバスが頻繁に運行されており、悲劇を商売にしているのではないかという批判もある。また、9・11同時多発テロの現場であるニューヨークのグラウンド・ゼロでは、大量の観光客の入り込みが厳粛な祈りを妨げており、ダークツーリズムは物見遊山と区別できないという意見も出ている。

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