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医師が患者と連絡先を交換することは、なぜいけないのか?

AERA dot. のロゴ AERA dot. 2019/03/22 07:00
大塚篤司/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医 © Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 大塚篤司/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医

「患者さんと連絡先交換しちゃだめだよ」。京都大学医学部特定准教授で皮膚科医の大塚篤司医師は、新米医師時代、先輩医師にそう注意されても、お互い同意のもとで連絡先を交換するのなら、問題ないと思っていたそうです。しかし、のちにそれが患者にとって「特別な意味を持つ」ということに気づかされます。大塚医師が自身の体験をもとに振り返ります。

*  *  *

 診察を終えたオーストラリア人の患者さんが私に連絡先を渡してきました。

「よかったらお茶でもしよう」

 医者1年目でちょっぴり英語がしゃべれた私は、外国人の患者さんを担当することがしばしばありました。

 患者さんからのはじめてのお誘いがうれしくて、私は自分のメールアドレスを彼に渡しました。

 その様子をみていた先輩医師が慌てて近づいてきます。

「先生、患者さんと連絡先、交換しちゃだめだよ」

 私は内心ムッとしました。

 なんでだよ。

 勝手に連絡先を入手したのならともかく、お互い同意のもと連絡先を交換するのは問題ないじゃないか。私は心の中で反発しました。

 結局、そのオーストラリア人の患者さんとは一度も連絡を取ることはありませんでしたが、このときの私は、患者さんと個人的に連絡を取ることの「責任」をわかっていませんでした。

 東照子(あずまてるこ)さん(仮名)は、はじめて担当した悪性黒色腫(皮膚がんの一種でほくろのがんともいわれる。別名メラノーマ)の患者さんでした。

 私は幼少期からおばあちゃんが大好きでした。それは、父方の祖母、母方の祖母、どちらもとても優しく、私が医者になりたい気持ちを一生懸命に応援してくれたからだと思います。

 残念ながらふたりとも、私が医者になる前に亡くなってしまいました。私は祖母が応援してくれた気持ちに応えたい、ずっとそう思い続けていました。

 よいお医者さんになってほしいと願っていた祖母2人と東さんは、どこかダブって見えました。

「先生の住所を教えてください」

 東さんは孫に話しかけるように優しく私に聞いてきました。

「うちでとれた新鮮な野菜を送ります」

 それから東さんと私との「祖母と孫」のような関係が始まりました。

 東さんの治療も無事に終わり、私は1年ほどで転勤になります。担当から外れても、新しい住所に東さんから愛のこもった贈り物が定期的に届きました。

「前回送ってくれたイカの塩辛がおいしかったです」と伝えれば、次の贈り物の中にはイカの塩辛が包装されていました。

 面倒くさがり屋の私の悪い癖です。

 仕事が忙しくなってくるとともに、少しずつ東さんの贈り物に対してもお礼の返事が遅れるようになりました。

「先生、話があるのでお時間ください」

 東さんからのお手紙が届きます。お返事しなくちゃ、そう思いながら私はすっかり忘れていました。

 それから半年ほど経ったある日のこと、学会会場で同僚に呼び止められます。

「先生、東さんの担当だったよね」

 一瞬、自分の鼓動が速くなるのを感じます。

「この間、脳転移で亡くなったよ」

 私は頭の中が真っ白になりました。手術も順調におわり、抗がん剤治療も終了し、体の中からがんが全て消えた状態で5年以上が経過していました。

 一般的にがんは5年を経過すれば再発の危険性は少ないと言われています。しかし、一部のがんは違います。悪性黒色腫は5年以上経過しても再発がおこりうるがんです。なので、私たち専門家は5年経過した後も、初期の進行度によっては慎重に経過観察を行い、場合によってはCT検査やPET検査を定期的に行います。

 学会から帰宅した私はすぐに東さんのご家族に電話をしました。

「もしもし」

 入院中何度かお会いしたことがある息子さんの声でした。

「先生、本当にありがとうございました。そうなんです。先日亡くなりました」

「残念です」

 私は最後の手紙の返事をしなかったことを思い出し、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

「実はおばあちゃん」

 東さんの息子さんが話を続けます。

「亡くなる1ケ月くらい前に、先生に会いたいと言ってたんです。まだ動けたので、私が母を連れて先生のおうちまで行ったんですが、お留守だったようでお会いできませんでした」

 全身の血の気が引いていくのを感じました。面倒くさがり屋ではすまされない、取り返しのつかないとんでもないことをしてしまった。

「患者さんと連絡先交換しちゃだめだよ」

 1年目に先輩医師から聞いたその言葉を思い出します。

 患者さんにとって「主治医と個人的に連絡を取る」ことが特別な意味を持つということを私は理解していませんでした。患者さんは、病院の診察以外でも相談ができ、体調が悪くなったときは直接連絡をとろうとします。「病気のことは病院で相談しよう」。そう切り離して考えることはないでしょう。しかし主治医が、患者さんのこういった期待に全て応えられるかというと、そうではありません。私たち医者は一人でたくさんの患者さんを診ています。それに、普段の生活があります。ひとりの患者さんのために365日24時間捧げることは私には無理でした。

 患者さんと個人的に連絡を取るということは、病院以外の時間にも責任を持つということ。若い頃の私はその覚悟がないまま、都合よく自分の生活を守りながら東さんの優しさに甘えていました。

 あれから10年以上経ちます。近所のスーパーでイカの塩辛を見ると東さんを思い出します。そして、あのときの後悔はずっと忘れていません。私のことを心から応援してくれた東さんのおかげで、医者として責任を持つことがどういうことか学びました。自分の祖母のことを思い出すように、今でも東さんのことを思い出します。東さんの送ってくれたお野菜、おいしかったな。

◯大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医。がん薬物治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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