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東京に人が集まる「2つの地理的要因」とは?

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2021/05/12 06:00 宮路秀作
東京に人が集まる「2つの地理的要因」とは? © ダイヤモンド・オンライン 提供 東京に人が集まる「2つの地理的要因」とは?

「土地と資源」の奪い合いから、経済が見える! 仕事に効く「教養としての地理」

地理は、ただの暗記科目ではありません。農業や工業、貿易、交通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問です。また、2022年から高等学校教育で「地理総合」が必修科目となることが決定しました。

地理という“レンズ”を通せば、ダイナミックな経済の動きを、手に取るように理解できます。地理なくして、経済を語ることはできません。

本連載の書き手は宮路秀作氏。代々木ゼミナールで「東大地理」を教えている実力派講師であり、「地理」を通して、現代世界の「なぜ?」「どうして?」を解き明かす講義は、9割以上の生徒から「地理を学んでよかった!」と大好評。講義の指針は、「地理とは、地球上の理(ことわり)である」。6万部突破のベストセラー、『経済は地理から学べ!』の著者でもあります。

なぜ東京に人が集まるのか?

 現在の東京都には、東京23区に約960万人、東京都市部に約430万人、あわせて約1390万人が住んでいます。

「地理」の視点で考えたとき、東京に人口が集まる要因は2つあります。

 1つは、沿岸部に立地しているということ。日本はほとんどの資源を海外からの輸入に依存しています。これをさらに内陸深くに運ぶとなれば、輸送コストがかかり、事業の利益を圧迫します。

 実際、日本の工業地帯のほとんどは沿岸部に位置しています。

関東平野がもたらすもの

 もう1つは後背地(こうはいち)が広いということ。後背地とは、港湾や都市において影響を与える経済圏のことです。

 地図帳で確認すると、関東平野は日本で最大の平野であることがわかります。平野とは、一般的に標高200m未満の土地を指します。

 こうした平野では、人や物資を運ぶための交通手段(河川交通、道路交通、鉄道交通など)が発達し、大都市が成立します。これを後背地が広いといいます。関東平野という「土台」も東京の人口を支えているのです。

 逆に山が多い地域では交通手段が発達しにくいため、人々の往来が活発になりません。そういう地域では経済圏が小さいため、後背地は狭くなります。

東京、大阪、名古屋の共通点

 三大都市圏の中心都市、東京、大阪、名古屋には共通点がいくつかあります。それは洪積(こうせき)台地と沖積(ちゅうせき)平野を持ち、海に面しているという地形的な特徴です。ちなみに台地とは、平野の中でまわりよりも一段高い台状の地域のことです。

 洪積台地は、離水作用(海水面に対して相対的に地盤が隆起すること)によって台地状となったもので、固い地盤を持ちます。

 沖積平野は、河川の堆積作用(運ばれてきた土砂などが残ること)で形成された平野で、地盤が軟らかいのが特徴的です。

 東京、大阪、名古屋には大きな城郭がありました。城郭というのは、見栄えの良さ、防御力の高さなどの条件をもとに建築されます。

 江戸城は武蔵野台地の東端、大坂城は上町(うえまち)台地の北端、名古屋城は熱田(あつた)台地の北西端にそれぞれ構築されていました。

 台地上であれば、周辺を見渡すことが可能となり外敵の侵入を発見して迎え撃つことが可能です。また段丘崖(だんきゅうがい)を背後に控えるので、外敵が侵入しにくくなります。

 さらに台地の末端は見栄えの良さを作り出しました。周囲に威厳を示すことができたと考えられます。

 また、沖積平野は遠浅(遠くまで浅い)の海岸を持つため、水深は浅くなります。そのため、大型船舶の接岸が難しかったのですが、これは城の防御力を高めることにつながりました。かつて幕府が築かれた鎌倉も、遠浅の海岸を持つ場所として知られています。そのため、船を利用して海から攻撃することが難しかったのです。

 こうした背景もあり、東京、大阪、名古屋は、港湾都市としての発展には時間がかかりました。港湾都市といえば、水深が深く、岬の影響で波穏やかな海域を持つ横浜や神戸が知られています。

「下町」と「山の手」の違いを説明できますか?

 城下では商工業が発達し、城下町を形成し、これを基に大都市へと成長していきました。そのため「下町」と呼ばれました。

 一方「下町」に対して、洪積台地上を「山の手」と呼んでいました。このことからもわかるように、城下町は沖積平野に成立しました。

 例えば、東京の下町の代表例は日本橋、京橋、神田、深川、浅草などです。山の手の代表例は麹町(こうじまち)、麻布、赤坂、牛込(うしごめ)、本郷、小石川などです。

 明治時代になると、日本は人口増加が著しくなります。そのため山の手からさらに西側の武蔵野台地へと都市が拡大していきます。「下町→山の手→郊外」の順に都市が発展していきました。

 なぜ人々は東京に集まるのか。可容人口が大きいというのは理解できましたが、その「土台」には地形的な要因が隠されていたのですね。

(本稿は、宮路秀作著『経済は地理から学べ!』を抜粋、再構成したものです)

宮路秀作(みやじ・しゅうさく)

代々木ゼミナール・地理講師

鹿児島県出身。「東大地理、センター地理」などの講座を担当する実力派。一部の講師しか担当できないオリジナル講座を任され、これらは全国の代々木ゼミナール各校舎・サテライン予備校にてサテライン放映(衛星通信を利用して配信)されている。「地理」を通して、現代世界の「なぜ?」「どうして?」を解き明かす講義は、9割以上の生徒から「地理を学んでよかった!」と大好評。講義の指針は「地理とは、地球上の理(ことわり)である」。

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