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橘玲×中川淳一郎 やっぱりウェブはバカと暇人のもの

NEWSポストセブン のロゴ NEWSポストセブン 2018/09/28 16:00
ウェブが「バカと暇人のもの」になっていくのは必然だった © SHOGAKUKAN Inc. 提供 ウェブが「バカと暇人のもの」になっていくのは必然だった

 いまやインターネットは人々の生活に欠かせないツールになったが、その反面、ネットを舞台にしたトラブルも後を絶たない。ネットの利便性の背後にある“負の側面”は、どう認識されてきたのか。『言ってはいけない』(新潮新書)、『朝日ぎらい』(朝日新書)などの著書がある作家・橘玲氏と、『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)などの著書があるネットニュース編集者の中川淳一郎氏が語り合った。(短期集中連載・第2回)

 * * *

中川:橘さんは実名を公表していませんし、過去の経歴もお顔も出してはいませんね。何か意図はあるのですか?

橘:2001年に『マネーロンダリング』という国際金融犯罪小説を出したとき、こういうテーマなら著者は国籍も性別もわからないほうが面白いんじゃないかということで、編集者と「橘玲」というペンネームを考えました。そのあと、「ネットに本名や顔写真を載せてもあんまり良いことはないなあ」と思うようになって、そのままです。

中川:確かに芸能人や政治家のように、とにかく知名度を高めたい人以外にとっては、ネットに情報がダダ漏れになってもあまり得はしないですよね。作家であれば、キチンとした読者についてもらえればそれでいい面はある。

橘:物書きとして、自分の書いた文章をできるだけ多くのひとに読んでもらいたいとは思っていますが、自分の顔を不特定多数のひとに知ってほしいとはぜんぜん思わないですから。顔出しして本が10倍売れるなら考えますが、そんなこともないみたいだし。ところで、中川さんは、『ウェブはバカと暇人のもの』をいつ書かれたんでしたっけ?

中川:2008年末に書き始め、2009年4月に発売されました。

橘:僕はブログを始めたのがちょうどその頃で、中川さんの本を読んで、「ウェブの世界ってこんなことになっているのか」とすごく勉強になりました。ネットとテレビの関係について書いていたじゃないですか。

中川:第3章の『ネットで流行るのは結局「テレビネタ」』ですね。

橘:テレビ業界についてはすごく印象に残っていることがあります。(作家活動を始める前の)編集者時代に「テレビ局のディレクターで面白い若手がいる」と聞いて、何かのネタになるかもと会いに行ったんです。彼は昼のワイドショーを担当していたんですが、名刺交換のあとにいきなり、「私なんかの話を聞いてもしょうがないですよ。しょせん、バカに娯楽を提供しているだけですから」と言われました。

中川:広告業界でも似たようなことを言う人はいますね。所詮、広告なんてバカを相手にしているわけだから、好感度の高い芸能人を出しとけばそれでいい、的に。

橘:ずいぶん前のことなんですが、自分のいた出版業界にはこんな人はいなかったからすごい衝撃でした。エロ本業界のひとたちも何人か知ってますが、みんな、自分のつくった本や雑誌にお金を払ってくれる読者を喜ばせようと真剣に仕事してるじゃないですか。こころの底ではどう思っているかわかりませんが、すくなくとも、自分の読者をバカにしていることを公言する出版業界の人には会ったことがありません。それなのにテレビ業界では、初対面の人間に対して「視聴者はバカだ」と言うわけです。

 その若手ディレクターは、茫然とする僕に向かってこう説明しました。「考えてみてくださいよ。平日の午後1時にテレビを見てるってどういう人ですか? ふつうに働いてたら、テレビなんて見ないでしょ。仕事をするわけでもなく、かといって趣味や子育てに忙しいわけでもなく、テレビを見てヒマつぶしするしかない人たちが日本の社会には膨大にいて、そういう視聴者――まさに『バカで暇な人たち』――のために番組をつくってるんですよ。そんなくだらない仕事をしている人間の話を聞いたって、何の意味もないじゃないですか」

中川:衝撃的ですね。

橘:「バカにもヒマつぶしする権利はあるでしょ」って言われましたから。もちろん彼はわざと露悪的に表現したんでしょうが、ワイドショーを制作しているたくさんのスタッフのなかで彼一人だけがそう考えているなんてことはあり得ないですよね。テレビ業界では日常的にそんな話をしていて、それがある種のコンセンサスになっているからこそ、外部の人間にも堂々と言えるんだと思いました。

◆“頭のいい人”の世界から“バカと暇人のもの”へ

中川:テレビが“バカと暇人のもの”だとすると、ウェブは最初は“頭のいい人”の世界で、梅田望夫さん的な「ウェブ2.0」文脈が通用する世界でした。

橘:一部の専門領域の人しか利用していなかったウェブがどんどん大衆化して、テレビから人々が流れ込んでくれば、中川さんが指摘したように「バカと暇人のもの」になっていくのは必然ですよね。ただ、2004年にジェームス・スロウィッキーの『「みんなの意見」は案外正しい』が日本でも評判になったことを考えると、まだ多くの人が「インターネットが世界を変える」と信じていたんでしょう。だからこそ、中川さんに対して反発もあったと思うんですが、10年経ってどちらが正しかったかが見事に証明されましたね。

中川:あの当時は、ネット界隈からすごい反発がありましたね。さらに、メディアもネットのすごさを煽るようなところがあったから、本自体は売れていたにもかかわらず書評がまったく出ない。まともなメディアに載った同書の紹介は1回だけなんですよ。取り上げてくれたのがコラムニストの勝谷誠彦さんでした。

橘:ちょっと変わった人?

中川:無茶苦茶変わった人で、彼だけが面白いと言ってくれて、ちょっと、アンタ会おうよ!ということになって取材をしてくれました。雑誌連載で、「こんなぶっ飛んだ本を書いた頭おかしいやつと会ってきたぞ!」というのを書いてくださったんです。取材の後は、焼き肉屋に連れて行ってもらったのですが、まともな書評的なもので紹介していただいたのはこれくらいなんですよ!

 他の新聞や雑誌はすべて「ウェブ2.0は素晴らしい!」ということを書いた本を紹介してきて、「これからはウェブだ!」っていう論陣を張っちゃったんです。オレみたいな逆張りのウェブ論を展開したものを載せるわけにはいかなかったというのもあるんじゃないかな、と思っています。そこから2010年くらいまでは、オレ自身は業界ではすごく浮いていて、誰も会ってくれなかったんですよね。ようやく2010年2月にジャーナリストの津田大介さんとサシで8時間ぐらい飲んだ後、「中川君は意外といいヤツだ」みたいな情報発信をしてくれ、2011年の東日本大震災が終わったくらいから、何となく業界の人とも仲良くなって、完全に和解したという感じになれました。

橘:それは、今はもう「ウェブはバカと暇人のものである」ということを誰も否定できなくなったから?

中川:「オレたちもあの頃は反発したけど、中川さんは正しかったね」と業界の人々からも言ってもらいました。

──いわゆる「バカッター報道」は、いつ頃のことでしたか?

中川:2013年ですね。飲食店のバイトとかが冷蔵庫に入ったり、ソーセージを咥えていちいちツイッターに投稿する騒動が相次いだじゃないですか。これが“バカッター”と呼ばれ、これにより「ウェブはバカと暇人のもの」が決定打になっちゃったんですよね。

橘:中川さんの本を読んで僕が理解したのは、ブログは出版とはぜんぜんちがう世界だということです。出版の場合は、読者というのはあくまでもコンテンツにお金を払ってくれる人のことですが、テレビの視聴者はコンテンツを無料で楽しむ人たちですよね。そう考えると、ブログを読みにくる人たちのなかで「読者」はごく一部で、大半は「視聴者」だということを前提にしないとダメだと気付きました。

「読者」と「視聴者」では、関与の度合いというか、コミュニケーションのかたちがちがうんだと思います。書籍でも雑誌でも、読者とのあいだにある種の連帯感が生まれるのは、お金を払って読んでくれているからですよね。面白くなかったり、不愉快だと思えば買わなくなるだけですから。それに対して無料のコンテンツは、「読みたくないものを読まされた」と感じて批判を誘発しやすい。それに書き手が反論したり、気に入らないコメントを削除するだけでも炎上しますよね。

中川:あぁ……。「都合の悪いコメントを消しやがって、言論封殺乙!」みたいな話ですね。

橘:中川さんの本を読んで、ブログのコメント欄はスパムフィルター以外は何もつけないかわりに、いっさい反論しないことにしました。「僕が好きなことを書いているんだから、あなたにだって好きなことを書く権利がある。どうぞご自由に」ということですね。

 最初の頃はけっこう絡んでくる人もいたんですが、「このブログはそういうルールなのか」というのがわかってくると、「橘玲は“降臨”しないし、そもそもコメント欄を読んでもいないんだから、そんなことしても無駄だよ」と意見する人が出てきたりして、だんだん減っていきました。なんの反応もないと面白くないからでしょう。最近ははてなブログにエントリーが紹介されて、そこに匿名のコメントが殺到するようになりました。書き手のブログより気楽にコメントできるからでしょうね。

 いまはブログには『週刊プレイボーイ』のコラムをアップするだけで、それをYahoo!個人にも転載しているのですが、最近ではこちらのプラットフォームで読まれることが多くなりました。「女児虐待死事件でメディアがぜったいいわないこと」という記事がはじめて100万PVを超えたのですが、Yahoo!の仕様でコメントはFacebookユーザー限定となっているのでコメントは10件ほどです。それに対してはてなブログでは150件ちかくコメントされています。これなどが象徴的ですが、中川さんの本を読んで「ああ、そうなのか」と納得できたことはたくさんあります。(続く)

◆橘玲(たちばな・あきら):作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない 残酷すぎる真実』『(日本人)』『80’s』など著書多数。

◆中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):ネットニュース編集者。1973年生まれ。『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』『縁の切り方 絆と孤独を考える』など著書多数。

※NEWSポストセブン(https://www.news-postseven.com)

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