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犠牲になるのは保育士と園児たち 保育園の「委託費の弾力運用」問題

AERA dot. のロゴ AERA dot. 2020/07/18 16:00
内閣府へ制度の見直しを求める要望書を提出した「介護・保育ユニオン」の担当者と保育士たち(筆者撮影) © AERA dot. 提供 内閣府へ制度の見直しを求める要望書を提出した「介護・保育ユニオン」の担当者と保育士たち(筆者撮影)

「保育士の人件費や園児のために使うはずの費用が削られて、事業者の利益に回っている」

 7月13日、厚生労働省の記者クラブで会見した保育士たちが疑問を呈した。この日、個人加盟できる労働組合「介護・保育ユニオン」が保育士3人と記者会見に臨み、保育士の置かれる状況を訴えるとともに、給与がなぜカットされるのか、その根本原因について問題提起した。

 記者会見では、ユニオンに加入した30代の保育士のAさん(仮名、男性)が、自身の給与額の低さについて言及した。筆者が独自試算して記事掲載した、「本来もらえるはずの保育士給与」と比較しながら、「私は11年の保育士経験があり、リーダー役を務めているが、2019年度の年収は約360万円だった。国は、経験7年以上の保育士に年に463万円の給与分を出している。差が100万円にもなるのは、事業者が保育園を次々に新設して事業拡大するために、保育士が受け取るはずの給与を回しているからではないか」と憤った。

 なぜ、このような給与カットが起こるのか。ユニオンは、「委託費の弾力運用」という制度が原因になっていると訴える。

「委託費の弾力運用」とは、私立の認可保育園にかけられているルールで、運営費用を指す「委託費」の使途制限を規制緩和したものとなる。委託費は人件費、事業費(保育材料費や給食材料費など)、管理費(福利厚生費や業務委託費、土地・建物の賃借料など)で構成されて、必要な金額が「積み上げ方式」で計算されて保育園に支給される。人件費が8割、事業費と管理費はそれぞれ約1割と国は想定している。

 認可保育園に株式会社の参入を許した2000年以前は「人件費は人件費に」と使途制限があったが、株式会社の参入と同時に委託費の流用を可能にした。積み立てや施設整備費、同一法人が展開する他の保育施設や介護施設、保育事業などにも、年間収入の25%まで流用ができるため、結果、人件費が他に回されてしまい、保育士の給与が低くなる一因になっている。

 

 この問題が、新型コロナウイルス禍での保育士の不当な給与カットとして露呈した。コロナの感染拡大によって4月に緊急事態宣言が発令されると、保育園は「臨時休園」あるいは「利用の自粛要請」が行われ、登園する園児が1~3割程度に減少。すると、園児に見合う保育士数で保育が実施されて、保育士によっては自宅待機命令を受け休業していた。

 その際、認可保育園などには、「コロナ後も保育体制が維持できるように」と、国が運営費用を通常通り支給する特別措置を図っていた。にもかかわらず、事業者側は「ノーワーク・ノーペイ」として、休業補償を十分にせず、無給、あるいは労働基準法違反にならない6割補償という例が後を絶たなかった。

 これは、日頃から人件費を他に流用して満額使わなくてもいいという認識が事業者に広がっている現れだ。公費で人件費が満額支給される一方で休業補償を抑えれば、その分が利益になる。介護・保育ユニオンは、これを”休園ビジネス”と呼び、批判の目を向けている。

 この問題が発覚し、4月21日に筆者が第一報を打つと全国の保育士が声をあげ、介護・保育ユニオンにも相談が急増した。追って他の媒体も報じ、国会でも取り上げられたことで、6月17日に国から「新型コロナウイルス感染症により保育所等が臨時休園等を行う場合の公定価格等の取扱いについて」という通知が出るに至った。

 同通知は、コロナの影響があったとしても運営費を減らさず通常どおり支給しているとして、職員の給与も通常どおり支払うよう明記された。そして、保育園が収入補償される場合は、労働基準法の休業補償6割に止まることなく通常どおり、”満額”補償するよう事業者に求めた。しかし、通知が出た後にもユニオンには休業補償の不払いの相談が寄せられている。

 4~6月の間、介護・保育ユニオンには318件の相談があり、うち242件は休業補償についてだった。そのうち56.1%が休業補償を全く支払われておらず、補償について説明を受けていないものの合わせると、67.8%に上った。支給額が労働基準法上の6割以下が92.3%、支給額が全額でなかったのは実に97.9%に及んだ。

 介護・保育ユニオンの共同代表である三浦かおりさんは「国の通知では、今までの不払い分も請求できることが示された。諦めないで相談してほしい。今後も、休業補償されなかった退職者についての交渉も行っていく」と話した。そして冒頭のAさんは、「給与が低いことで保育士が辞めていく。保育の現場はいつ想定外のことが起こるか分からない。経験のある保育士が必要だ。離職を止めるためにも、委託費の弾力運用をやめてほしい」と語った。

 

 2000年に株式会社が参入して委託費の流用が認められても業界関係者は「もともと低い保育士給与からこれ以上、事業者も搾取できないだろう」と予想したが、抑制されているのは人件費だけではない。会見では、30代のBさん(仮名、女性)と50代のCさん(仮名、女性)が、子どもの玩具を買う事業費まで流用されている実態について、口を開いた。

 Bさんは、株式会社の保育園で働いていた時に「園児の玩具を買う費用が公費で出ているはずなのに、買ってはもらえず手作りしろと言われた」と話した。帰宅後は深夜まで玩具作りに励んだが、それでも足りず、保育士が自腹を切って購入していたという。

 急拡大する保育園で働くCさんは、「園児一人当たり月に2000円しか予算がつけられなかった」と、明かした。その予算で、ティッシュやトイレットペーパー、ペーパータオル、洗剤などの保健衛生用品を賄い、0歳児のミルク、アレルギー用のミルクやおやつのほか、絵本、折り紙、画用紙や絵の具などの保育材料、クリスマスやハロウィン、入園式、卒園式の行事費まで購入するよう経営者から求められていたという。

 園児一人当たり月2000円という金額では、それらの物品を全て購入することは不可能だ。内閣府は公定価格のなかの給食材料費と保育材料費を合計した「一般生活費」の金額を毎年、通知で明示している。「幼児教育・保育の無償化」によって国は給食材料費を7500円と示していることから、2020年度の保育材料費は、3歳児未満児が2978円、3歳児以上児が1809円となる。

 単純平均すれば園児一人当たり月2393円を保育材料費にかけることができるのだが、前述のようにCさんの保育園では、「月2000円でその他の費用まで賄え」と指示されるというのだ。保健衛生費やミルク代は別途、支給されているため、子どもに対する費用までもがコストカットの対象にされていることが分かる。

 記者会見の直前、介護・保育ユニオンが内閣府に対し、このように保育士の低賃金や子どもの処遇が守られない背景には「委託費の弾力運用」があるとして、委託費の使途に制限をかけるなど制度の見直しを求める要望書を提出した。

 委託費の弾力運用が原因となって人件費比率が低下する実態については、筆者はかねてより問題を指摘しており、AERAdot.でも「保育士の”給与”が低い21保育園を実名公表 全国平均以下の年収275万・・・派遣大手の施設も」(2018年11月19日)などの記事を執筆してきた。

 ユニオンが内閣府に現状を訴えると、内閣府の担当者は真剣に聞き入りながら、「保育士の処遇改善は、もう少し何かの手当をする必要性を感じている。委託費の弾力運用の制度を変更すると影響が大きくなるため慎重にならざるを得ず、現段階では制度変更という議論には至っていない。ただ、世論が大きくなれば見直しのきっかけになる可能性はある」と言及した。そして、委託費の弾力運用は一義的には自治体が判断することのため、適正性について疑義が生じれば、市区町村や都道府県が自治体の判断として弾力運用を停止することができることを示唆した。それに対してユニオンは、「弾力運用の停止について自治体が判断できることを国として周知徹底してほしい」と要望した。

 この点、筆者もこれまで再三にわたって内閣府に尋ねており、2019年の夏頃からは、通知より厳しいルールで自治体が独自に運用できるのではないかと問い合わせていたが、「規制を厳しくしたい自治体なんてないのでないか」と、なかなか明確な回答を得られずにいた。だが、最終的に得た答えは、「補助金適正化法によって、通知で示された使途範囲は守らなければならないのだが、補助金適正化法は補助金(この場合は委託費)の使途を制限しているもので、使途の範囲内でより狭く使う分には何の問題もない」だった。つまり、自治体は自らの判断によって、厳しい運用を行えるのだ。   

 委託費の弾力運用を問題視する一人、弁護士であり神奈川大学法学部自治行政学科の幸田雅治教授は、こう指摘する。

「通知は、あくまで委託費の運用に関するもの。そもそも国が出す通知は、地方自治法で定められる『技術的な助言』に位置付けられるもので、法的拘束力はない。そのため、自治体が自らより厳しく縛りをかけることは可能だ。この問題は、これまで視野の外に置かれていた問題で、自治体は普通に『通知に従わなければならない』と思い込まされていた面があり、非常に重要な論点だ」

 課題はまだある。そもそも委託費の弾力運用を行える前提には条件があり、△職員配置などが遵守されていること、△給与規定があり、適正な給与水準で人件費が適正に運用されていること、△給食が必要な栄養量が確保され嗜好を生かした調理がされている。日常生活に必要な諸経費が適正に確保されていること、△児童の処遇が適切であること――などをクリアする必要があるが、「適正な給与水準」が曖昧だということだ。

 この「適正な給与水準」については、国会でも追及されてきたが、「地域の賃金水準と均等がとれていること」「あくまで労使で決めるもの」などの答弁で曖昧にされている。2020年度の“予算上、保障されている保育士の年収”は全国平均で約395万円となる(法定福利費や処遇改善費は含まない)。介護・保育ユニオンは内閣府に対して、「予算上でなく、適正な給与水準を示してほしい」とも要望した。そうでなければ、自治体も判断をつけにくい。

 実際、委託費の使途はどうなっているのか。東京都の「保育士等キャリアアップ補助金の賃金改善実績報告書等に係る集計結果」(2017年度実績)から、人件費比率の低さと給与の低さの実態が分かる。

 都内の社会福祉法人の認可保育園の収入に占める人件費比率は70.5%、株式会社は同51.9%だった。人件費、事業費、管理費以外に流用された比率は、社会福法人で9.2%、株式会社で16.6%だった。年間の平均給与(賞与等を含む)は、社会福祉法人で約424万円、株式会社で約343万円だった。

 こうした実態はCさんの保育園でも同じ。傘下の保育園の人件費比率は5割前後しかなく、改めて委託費の弾力運用について異議を唱えた。

「玩具も満足に買えず保育士は疲弊しているのに、経営者が利益を出すために人員配置を最低限にするように命じた。もし税金で運営している感覚があるなら、委託費を子どもたちのため、保育園を支える保育士のために使おうと考えるはず。保育園は子どもの命を守り、成長と発達を守る場であるのに、そのための費用が削られ、次々に保育園を作って会社の成長と利益に委託費が回っている。これを止めてほしい」

 保育園とは、あくまで児童福祉法に基づいて設置される福祉施設であり、そこで利益をあげるものではないはずだ。委託費の弾力運用は、経営の自由度を図るため、適正に使っても余るようなら流用してもいい、という建前がある。事業者が利益を追求するための制度ではないが、弾力運用という穴があるため、すり抜けられるのだ。

 法に違反しなければ、制度に違反しなければいいのか。そうではないはずだ。記者会見を通じて、現場の保育士が委託費の弾力運用の弊害について社会に問いかけた意義は大きい。(ジャーナリスト・小林美希)

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