百貨店「つぶれる街」「生き残る街」の決定的な差 地方百貨店の運命を左右する公共交通網
昨年、百貨店「そごう・西武」が、不動産投資ファンドに売却されることが決定し、これから各地の店舗がどうなるのかが話題となっている。旗艦店である西武池袋本店は、ファンドのパートナーとされるヨドバシカメラを核店舗とした巨大な複合商業施設に改装される計画だという。
これに対して、東京都豊島区の高野之夫区長は「文化の街」が衰退するといった理由で、ヨドバシカメラの出店に反対する嘆願書を西武ホールディングスに提出したことも反響を呼んだ。
そもそも、百貨店の売却先としてなぜ、不動産投資ファンドが登場するのかといえば、池袋、渋谷、横浜などの大都市の一等地(どこまでがそうなのかは明らかにはされていない)以外は、商業施設としての引き取り手がすぐには探せないので、不動産として転用するためにファンドが仲介せねばならない、ということを意味している。
つまりは、そごう・西武の地方店舗が今後、百貨店として存続する可能性はかなり低いということだ。秋田や福井では、自治体はじめ地域経済関係者は、その動向に頭を悩ませているに違いない。ご存じの通り、地方における百貨店は今世紀に入ってずっと減少する傾向にあり、コロナ禍でその勢いがさらに加速しているのである。
公共交通網の衰退が地方百貨店の運命を決める
下記の図表は、2大都市圏(首都圏、京阪神)の百貨店販売額とそれ以外の地域(地方)の百貨店販売額の推移を示したものだ。地方百貨店の減少度合いが著しいことが見て取れるだろう。これは地方経済の衰退、人口減少、という理由だけでは説明がつかない減り方だ。
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実際、1996年⇒2021年比較で4割にまで経済規模や人口が減少した県など存在しない。この間、地方において著しかったのは、百貨店の立地する地方の中心市街地の衰退であり、その背景にあったのはクルマ社会化の進行による公共交通の弱体化である。
公共交通網は、基本的には地域の中心地から放射状に鉄道、バスを郊外に向けて整備するものであり、よほど交通量が多い大都市圏以外では環状交通網は整っていない。このため、公共交通で環状移動したい人も必ず中心地のハブで乗り換え、目的地に向かうというルートにならざるをえない。中心市街地は、そうした公共交通の結節点に人流が集まるため、成立している。
しかし、クルマ社会化した地域の移動は、ハブでの乗り換えがいらず、人々は目的地に直接向かう。そうなると、地方では中心市街地はスルーされてしまうため、商店街はシャッター街となり、駅前の百貨店やスーパーは維持できなくなる。こうした地方と比べて、首都圏、京阪神の百貨店はその点でまったく異なる恵まれた環境にある。
百貨店の店舗別売り上げで上位に入るのは、当たり前だが日本で有数のターミナル、繁華街に立地する店ばかりだ。これらは公共交通が十二分に機能しているハブにあり、クルマを使わなくても電車、バスで気軽にアクセスできることが共通している。2大都市圏とそれ以外の交通環境の違いについて、都市部の人々にはあまり知られていないと思うので、状況がわかるデータをお見せしておこう。
クルマ社会化していないのは、首都圏、京阪神のみ
次の図表は、国勢調査のデータを基に、都道府県別に自動車通勤の割合を比較したものだ。この比率が高いほど地域のクルマ社会化が進んでいるということであり、また、1990年⇒2020年の変化を見ることで、その間にクルマ社会化が進行した(住民の移動手段に変化があった)と解釈できる。
この表をみてわかることは、①クルマ社会化していないのは、首都圏、京阪神だけであること、②クルマ社会化はこの30年に大きく進んだこと、③全国平均ではほとんど変化がみえないこと(大都市の人口比率が高いため)、といったところだろうか。
クルマ社会化が進んだ地域ほど、中心市街地の衰退が進んだといっていいだろう。これに対して、東京や大阪をみると自動車の利用度合いは逆に減っている。大都市の公共交通だけがその利便性を増しているため、いわゆる「クルマ離れ」と言われる傾向が起こっているのだ。首都圏京阪神とそれ以外で、中心市街地を取り巻く環境はまったく異なっている。
クルマ社会化によって、住民の主要移動手段がクルマとなり、中心市街地へ来訪する理由がなくなってしまった街では、百貨店が閉店となったり、残っていてもその存在感が失われていった。
こうした中でも、百貨店に一定程度の存在感がある地方都市には共通点がある。それは、路面電車が現役で走っていることだ。高度成長期に各地の中核的都市では路面電車が市内交通の一翼を担っていたものだが、クルマの普及とともに、自動車の邪魔者として、地下鉄に移行したり、路線バスに代替されていった。
ただ、路面電車は市内公共交通としての役割は大きく、路面電車がある街の中心市街地は地域における求心力を残しているようだ。
地方百貨店を支えるのは路面電車
次の表は、「地方」のエリアを対象に、路面電車を残している都市と売り上げが150億円以上の百貨店がわかるように示したものだ。
地下鉄を持っている大都市部(札幌、福岡、仙台)は別として、存在感を持った百貨店が残った都市は、ほとんどが路面電車を残していることがわかるだろう。
浜松や静岡は路面電車ではないのだが、遠州鉄道、静岡鉄道という民鉄が市内と郊外を10分間隔という頻度でつないでいる。こうした都市の中でも、300億~400億円規模の百貨店が生き残っている広島、熊本、岡山、鹿児島、松山などは路面電車網が充実しており、中心市街地のにぎわいに大いに貢献している。
路線バスは利用方法が複雑で予習が求められるが、路面電車は観光客にも理解しやすく、その利便性はかなり高い。路面電車を残しているとは、中心市街地を守るために、公共交通への投資をあきらめなかった、という意思表示だと解釈できる。公共交通網の維持が、中心市街地の衰退に歯止めをかけ、そのおかげで百貨店の存在感が保たれたのだ。地方百貨店と中心市街地とは、公共交通の維持を前提とした、運命共同体であるといってもいいだろう。
クルマ社会化した地方都市にとって、高齢化の進行に伴う免許返納の広がりと「買い物難民」の増加は、大きな悩みごとになっている。そのため、中心市街地を軸に公共交通網の中で暮らす人を増やしていこうとする、いわゆる「コンパクトシティ」という考え方が広がっている。
そんな中で、栃木県宇都宮市は市内公共交通の拡充を目指して、JR宇都宮駅東口と隣接の芳賀町を結ぶLRT(次世代型路面電車システム)を新たに整備中で、2023年には開業する段階にまでこぎつけた。2030年代前半には、東武宇都宮駅(東武宇都宮百貨店がある)のあるJR宇都宮駅西口方面にも延伸が計画されているようであり、LRTによる公共交通機能の再建ができるかどうか、大いに注目している。
コンパクトシティ化実現は地方百貨店の生存の条件か
一方で、大東建託賃貸未来研究所の調査によれば、郊外型大型ショッピングモールがある市町村のほうが、ない市町村より人口減少率が低いという傾向もあるようで、コンパクトシティが望ましいか否か、自治体の判断は難しいようだ。
実際、地方では高齢者ドライバーも多く運転しており、大半の住民がクルマを主要な移動手段としているため、郊外の大型ショッピングモールが今や、地域にとって必要不可欠な存在となっている。
しかし、中心市街地の存在感が残る街に立地している地方百貨店は、この機能を守るために積極的に公共交通網の維持、防衛に協力することが生き残る条件となるだろう。そのためにも、自治体、中心市街地関係者、百貨店は、街の中心に来てもらうための目的作りを真剣に考え直す必要がある。
地方百貨店は、公共交通網の維持と、街に来てもらう目的作りをあきらめずに取り組むことで、自らがどんな施設として生きていくべきか(それは商業とは限らない)が見えてくるかもしれない。