古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

農業高校卒ライター「早大卒」と詐称した後の針のむしろ人生

NEWSポストセブン のロゴ NEWSポストセブン 2020/06/25 16:05
オバ記者が“学歴詐称”の過去を明かす © NEWSポストセブン 提供 オバ記者が“学歴詐称”の過去を明かす

 体験取材を得意とする『女性セブン』の“オバ記者”ことライター・野原広子(63才)が、話題のトピックについて、自由な意見を綴る。今回のテーマは「わが学歴詐称の記」だ。最近は小池百合子東京都知事の「学歴詐称疑惑」が何度も取沙汰された。

 * * *

 ここ1か月でいえば、いちばん人の口にのぼった四字熟語は、間違いなく「学歴詐称」。連日その名を聞かない日はない、あの女性を引き合いに出すつもりはないけれど、実は私、2年間だけ、わけあって学歴を詐称していた過去があるの。それも、言いも言ったり、「早稲田大学卒」。

 ありえません。

 私の卒業した茨城県の農業高校は、ペンを持つより草刈り鎌を持つ時間の方が長いところ。上京して住み込みの店員になった18才の私にとって「大学生」は、学校や誰彼に関係なく、全員憧れだったもの。

 それが、ひょんなことからライターを志し、いくつかのラッキーをつなぎ合わせ、どうにかカッコウがついたのは30才前後。で、調子に乗って編集プロダクションを立ち上げたはいいけれど、もともとお金の計算は大の苦手。

 どんぶり勘定のどんぶりは小さくなる一方でね。もうダメ、今月こそアウト、と40才を目前にしてどうにもならなくなったとき知り合ったのが、2才年上のブティック経営者・S子さんだったの。

「家賃がきつい。事務所を解散したい」

 ある日、彼女の店で弱音を吐くと、「じゃ、全部畳んでうちにおいでよ」と言う。彼女は東京の一等地、渋谷区にマンションを一棟持っていて、そこに格安の家賃でいいから引っ越してこないかと、夢のような提案よ。

 S子さんの“好物”は学歴。誰かを紹介してくれるたびに、「彼女、ポン女卒。優秀よ~。お姉さんはお茶大だって。高学歴姉妹よね」などと、歌うように言うの。

 その後で必ず私の最終学歴も聞いてくるのが困りもので、「農業高校卒」と本当のことを言うこともないか…そう思って、黙ったり、話を変えたりしていたわけ。

 そんなこんなで2か月ほどたって、引っ越したその日のこと。私の大家さんになったS子さんは、積み上げた荷物を横目に見て、「引っ越し祝いをしてあげる」と食事をおごってくれた。その帰り道で、「ヒロコちゃん(オバ記者)、早稲田だよね?」とマジメな声で聞くんだわ。

 思えば、「ライターって早稲田が多いんでしょ?」「いろいろだよ」「でも、ヒロコちゃんは早稲田って感じ」「まさか」──と、S子さんの口からそれまで何度も早稲田という大学名は出ていたのよね。

 で、はぐらかし続けてきたものの、これから一つ屋根の下で暮らすんだし、私も覚悟を決めた。「私、早稲田、出てないよ」とキッパリと言ったわよ。

 そしたらS子さん、何て言ったと思う?

「あそこは中退の方がカッコいいもんねぇ。タモリも五木寛之もそう。さすがだわ~」

 ここまで言われて、それでも「私は農業高校卒」と言えたら…。いや、3回生まれ変わっても、ムリだ。

 結局、「あははは」と力なく笑って、私の学歴詐称続行が決定。

 おかげで翌日からは、針のむしろ、なんてもんじゃないわよ。私の“早稲田中退”にすっかり気をよくした大家のS子さんは、なんだかんだと言っては早稲田関連の人を連れてくるの。

「この人、昭和50年卒だって。2年先輩じゃない?」とか、「文学部だっけ。なら、この人、一緒よ」とか言って。

 そのうち面倒になって、「私は中退だし、ほとんど学校には行っていないし、学生多いしね~」と、積極的に口から出まかせよ。そうしたらS子さん、今度は私の友人が遊びにきたときも顔を出して、「あら、早稲田の友達?」。

 もう、勘弁してよと叫びたいような気持ちは、あれから20年以上たっても忘れられるものじゃない。

 ひとたびウソをつくと、ウソがウソを生むしかなくなる苦しみ。どこから“早稲田”が飛んでくるかと思うと、気が気じゃない。いつもどこか緊張して暮らしている。

 私はS子さんを避けるようになっていった。そして2年目に引っ越して、S子さんと離れた。だから想像しちゃうのよね。

 もし、“詐称”が多くの人の周知の事実になって、長く続いたら…と。鉄仮面を貫くことを決めていても、硬い鎧を脱ぎ捨てたくなる夜もあるんじゃないか。

 それより何より、“学歴詐称”をすると、青春を共にした人も、思い出も、みんなドブに捨てることになる。それをもったいないと思わないか。そこまでして得るものって何?

 アンデルセン童話の『赤い靴』は、赤い靴をはいた少女が呪いをかけられて死ぬまで踊り続けるお話だけど、どこか、うまくいきすぎた学歴詐称に似ているような気がするんだわ。

『赤い靴』は、両足首を切断してもなお踊るというホラーのような最後を迎えるけど、学歴詐称の結末やいかに。

 テレビを見ながら、連日、そんなことを思っている。

※女性セブン2020年7月9日号

配信元サイトで読む

NEWSポストセブン
NEWSポストセブン
image beaconimage beaconimage beacon