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40歳以降は「おまけ」の人生?! 生物学者が語る「在るべき生き方」 人間の自然寿命は40歳以下

現代ビジネス のロゴ 現代ビジネス 2022/09/17 06:00 池田 清彦

本来、人間の寿命は38歳です。

現在は医療の発達や栄養状態が良くなったために寿命が延びるようになったのですが、生物学的に考えると40歳からは「おまけ」の人生といえます。

折角手にした「おまけ」なのだから、自由気ままに楽しく生きるようにした方が良いのです――。

『40歳からは自由に生きる 生物学的に人生を考察する』から紹介します

(※本稿は池田清彦『40歳からは自由に生きる 生物学的に人生を考察する』を一部再編集の上、抜粋しています)

© 現代ビジネス

死は避けられない、だから人生を大切にしたい

私たち人間はある日突然、ふってわいたように地球上に現れたわけではありません。今から38億年前、地球上に初めての生命が生まれました。それ以降、気の遠くなるほどの長い年月を経て進化をくりかえしながら、さまざまな生物が生まれては滅んで、約700万年前になってようやく、進化の現行ランナーの一員としてわれわれ人類が出現したのです。

私たち人間は38億年にもおよぶ進化の長大なる歴史の結実ともいえます。38億年ものあいだ、おびただしい数の生物たちが連綿として命を紡ぎ続けてきた結果、私たち人間の「今」があるわけです。そのことに思いをはせるとき、人間である自分のことや、そこまで命をつないできてくれた他の生物たちのことが、愛おしく感じられるかもしれません。

進化の最終形態としての多細胞生物は私たち人間も含めて、かならずいつかは死んでいきます。人間は死ぬように運命づけられているわけです。そうであるならば、限りある人生を私たちはどのように生きていけばよいのでしょう。

人間の自然寿命は38歳

とりわけ40代以降という人生の後半において、より善い生き方とはどのようなものなのでしょう。その問いに対するヒントは、生物学の中に見いだすことができます。

自然のままの生物としての寿命を「自然寿命」といい、人間の自然寿命は38歳と推定されます。40歳以降は本来ならとっくに死んでいるはずです。ちなみに、観察されている限り、ほかの生物たちでは、自然寿命と実際の寿命がほぼ一致します。人間だけが自然寿命の倍以上も生きられるのです。

生物学的には自然寿命を超えた40歳以降はいわば、「おまけ」のようなものだとわかります。「おまけ」があることに感謝するのなら、みずからの規範に基づいて自分自身の人生を生きることが、いいかえれば、社会の束縛や拘束から少しでも自由になって、自分の欲望を解放しながら楽しく、面白く生きることが、40代以降の人間に求められる生き方だと思うのです。

そのことを納得していただくためには、そもそも生命とは何なのか、物体とどこが違うのか、老いとは、死とはどういう現象なのかといった生命についての「基本」を知る必要があるでしょう。しかし、まずは、40代以降の生き方にダイレクトに関係する自然寿命について解説したいと思います。

赤色部がメチル化DNA(photo by GettyImages) © 現代ビジネス 赤色部がメチル化DNA(photo by GettyImages)

自然環境におかれた場合の生物の寿命を「自然寿命」といい、脊椎動物の自然寿命の推定に利用されるのが、「DNAのメチル化」といわれる現象です。そして、このDNAのメチル化から割り出された人間の自然寿命が38歳でした。チンパンジーやゴリラの自然寿命もほぼ38歳で、私たちの「親戚筋」ともいえるネアンデルタール人やデニソワ人の化石のDNAを調べると、ともに38歳でした。

霊長類の自然寿命はどうやら38歳あたりのようで、同じ霊長類の仲間である人間の自然寿命が38歳というのは、妥当な線といえるでしょう。

幸運にも手にした「おまけ」の人生

メチル化の度合いから推定された自然寿命と実際の寿命が大きく隔たっている唯一の例外が人間です。ぼくなんかすでに自然寿命の2倍も生きていることになります。人間だけが自然寿命を大きく超えてなお生きられるのも、医療のめざましい進歩と栄養価の高い食事のおかげでしょう。

しかし、最大の要因は事故や感染症などの危険に満ちた野生の世界に早々と見切りをつけたことかもしれません。人間がもし今も野生状態で生きていたとしたら、おそらく大半が自然寿命の38歳前後で死んでいたことでしょう。

photo by GettyImages © 現代ビジネス photo by GettyImages

いずれにしても、生物学的には40歳以降の人はすでに死んでいていいはずなのに、医療の発達や食生活の改良、野生生活との決別のおかげで、自然寿命の倍以上も生きられるようになったのです。人間だけが手にできた自然寿命後の長い人生は、貴重な「おまけ」のようなものです。幸運にも手にした「おまけ」の人生は、できる限り自由に楽しく、自分らしく生きていくことこそが、善き生き方なのです。

では、自由に楽しく、自分らしく生きるとは、どういうことなのか。それは、自分なりの規範を掲げて生きていくということであり、これについてはのちほどじっくりお話しすることにしましょう。

自然寿命を過ぎたら、嫌なことはやめる

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ぼくは自分の意に沿わない世間のルールは守りません。それでもちゃんと生きています。何の支障もありません。とくに嫌いなのが儀式の類。入学式や卒業式には極力出席しないようにしています。自分の入学した大学の入学式や卒業式にも出なかったし、もちろん、子どもたちの入学式にも卒業式にも出たためしがありません。

儀式に限らず、40歳をすぎたら、ムダだと思うことはなるべくやめていくのがよいでしょう。

まずは、上司の命令が的確で、重要だと思えた仕事だけはきちんとこなしておいて、ほかのどうでもいいような、細々とした命令は聞いたふりしてスルーするのが一番です。上司が何かいってきたら、「えっ、聞いてないです。そんな話、されました?」とすっとぼけるなり、適当に返事をしておけばいいのです。

怒りだす上司もいるかもしれません。が、その場合、反論してもいいし、それが面倒で、疲れそうなら、柳に風、暖簾に腕押しで、ふわりと身をかわすのもいい。40歳をすぎて、少しでも自由に生きたいと願うのなら、そのような「術」も身につけておきたいものです。

もう自然寿命をすぎたのです。これからは、できうる限り、欲望の解放をめざして、会社は食うための手段と割り切って、出世などめざさずに、嫌いなことはできるだけやらないようにしつつ、自分を解放しながら生きていきたいものです。

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