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90年代は「皆が同じものを見た」最後の時代だった 文化的分断でマイケル・ジャクソン再来はない

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2022/07/02 14:30 丸山 俊一,NHK「世界サブカルチャー史」制作班
1990年代のアメリカとはどんな時代だったのか──(写真:まちゃー/PIXTA) © 東洋経済オンライン 1990年代のアメリカとはどんな時代だったのか──(写真:まちゃー/PIXTA)
1990年代のアメリカとは何だったのか。
得体の知れない「時代の欲望」という、大きな渦が生み出す物語として、アメリカの現在、過去、未来を、さまざまな角度から、あえてナナメにも捉え直してみる。
サブカルチャーから社会を考察する歴史家にしてボストン大学教授ブルース・シュルマンと『ファンタジーランド─狂気と幻想のアメリカ500年史』で日本でも多くの読者を獲得しているラジオパーソナリティーもこなす洒脱な作家カート・アンダーセン。この2人を迎えた異色の企画『世界サブカルチャー史 欲望の系譜 アメリカ70-90s「超大国」の憂鬱』から一部抜粋してお届けする。
1回目:「マトリックス」が描いた90年代アメリカの不安感(6月18日配信)
2回目:90年代米国が罹った「みんな子ども症候群」の正体(6月25日配信)

喪失感を埋めるように「夢」が生まれた90年代

『フォレスト・ガンプ 一期一会』が描き出していた、アメリカの「美徳」。それは、アンダーセンの言葉そのままに借りるならば、「無邪気」な「ひたむきさ」ということになる。そして、それは「幻想」でもあると彼は冷静に分析するわけだが、その「幻想」こそを時に求心力とするのが、ある意味国家という存在だ。

【写真】アメリカ「中絶反対派」がこんなにも強力な理由

「美徳」が「幻想」であると気づき、ある種の喪失感が広がっていった90年代だが、皮肉なことに、そうした喪失感を埋めるように、ニューエコノミーの夢が、さまざまな新技術の領域で生まれていた。

バイオテクノロジー、宇宙開発、そして最も人々の社会生活に影響を与えたのはITだ。経済の構造が、自動車などの工業主体の時代から情報、ソフトの領域主体へと完全に置き換わっていったのだ。冷戦構造の解体によって生まれた軍事費の削減分が、新たな経済分野へと投入され、情報テクノロジーの分野は活況を呈する。共産主義の壁が消失する中、世界が市場の論理でつながり、グローバル化が推進される。

イデオロギー闘争がなくなったエアポケットのような社会の空虚さを覆い隠すかのように、アメリカ流資本主義が、グローバルスタンダードとなっていく……。インターネットの中の「未来の夢」に賭けた人々の心は、どこまで、本当に豊かだったのか?

アンダーセンとシュルマンによる90年代の総括は──。

まったく新しいものが生まれた最後の時代

みんなが同じものを見ていたと回顧できる最後の時代──アンダーセン

私は、音楽では90年代を代表するバンドでグランジムーブメントを主導したニルヴァーナが好きなのですが、決して彼らと同世代というわけではありません。ただ、おそらく私が嫌いな60年代の自己主張の激しい音楽ではなく、知的な複雑さを併せ持っているところに引かれたのだと思います。成熟したパンクロックであるということです。

ニルヴァーナが出てきたのは私が35歳くらいのことで、それは私が若いと言える最後の時代だったこともあるでしょう。もちろん、文化を受容するのに年齢は関係ありませんが、ある種のものを受け入れられる年齢というものはあるかもしれません。

ただ、それだけでなく90年代というのはまったく新しいものが生まれた最後の時代だったように思います。それは私が年を取っただけなのかもしれませんが、それだけとばかりは言えないとも考えています。

ニルヴァーナのようなロックン・ロール、シンセサイザーによるダンス音楽やエレクトロニック・ミュージック、そしてヒップホップなどもこの時代までに確立されたものです。もちろん、それ以降もいい作品はつくられ続けています。しかし、それらが世代を通して広まるような現象は見られなくなってしまいました。

これは音楽だけに言えることではありません。映画も文学も、すべてのカルチャーにおいて、世代を通して影響を与えうる大きなスケールと芸術性が同居するような作品は、どんどん少なくなってきているのが現実です。

さまざまなものが分断を見せているように、カルチャーもまた100万人が好きなものと100人が好きなものに分断してしまっています。もはや、マイケル・ジャクソンは現れそうにない。90年代とは、みんなが同じものを見ていたと回顧できる最後の時代なのかもしれません。

90年代はいつ終わったか──シュルマン

1990年代はいつ終わったのでしょうか? それを考えるとき、多くの人は2001年9月11日と答えるでしょう。私も数年前まではそうでした。

確かに、9・11同時多発テロは、アメリカにとって最大と言っていいほどの災厄の日です。ジョージ・W・ブッシュが「サバティカルの年月」と表現した90年代の日々は終わり、テロとの戦いが幕を開けました。それはすべてを変え、アメリカは、そして世界は新しい時代に入りました。9・11が、政治や国際関係だけでなく、経済や文化にも大きな影響を与えたことは間違いありません。

9・11が90年代の幕を引いたのか?

しかし、2020年代の今日から見ると、9・11が唯一無二の出来事であり、それによって90年代の幕は閉じられたのだという考え方には、ある種の疑問符がつきます。

私たちはその後、2008年のリーマン・ショックによる世界同時不況を経験しました。インターネットの浸透とスマートフォンやソーシャルメディアの導入によって、私たちの生活は一変しました。2019年から今も続く新型コロナウイルスのパンデミックもまた、現在進行形で世界中の人々の人生に影響を及ぼしています。バラク・オバマが大統領に選ばれたことは画期的でしたが、ドナルド・トランプの当選もまた大きなターニングポイントとなっています。

これらの出来事は、いつ始まり、いつ終わったのかを明確に定めることができないように感じています。

私の学生時代の恩師の1人は、17〜18世紀を専門とする歴史家でした。彼は1800年以降の出来事はすべて「時事問題」だと言っていました。「1789年のフランス革命ですら、まだ確定的に語ることはできない。現在に至るまでフランス社会はあの革命の影響を引きずっているようなものだから」と。

ですから、今の私が正直に答えるなら、1990年代がいつ終わったのか私にはわからないという回答になるでしょう。ある意味で、90年代はまだ続いているのかもしれないですから。

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