古いバージョンのブラウザーを使用しています。MSN を最適にご利用いただくために、サポートされているバージョンをご使用ください。

【前編】「旧統一教会」に身をささげ韓国で10年極貧生活を送った日本人女性の“壮絶人生”

AERA dot. のロゴ AERA dot. 2022/09/27 07:00
旧統一教会の「信仰2世」だった冠木結心(かぶらぎけいこ)さん。画像の一部を加工しています。(本人提供) © AERA dot. 提供 旧統一教会の「信仰2世」だった冠木結心(かぶらぎけいこ)さん。画像の一部を加工しています。(本人提供)

安倍晋三元首相の銃撃事件後の7月12日、旧統一教会の問題に取り組む「全国霊感商法対策弁護士連絡会」の弁護士らが会見を開き、今でもはびこる被害の実態を訴えた。この会見に元信者として被害を語った40代の女性がいた。冠木結心(かぶらぎけいこ)さんだ。母親が旧統一教会の信者で「信仰2世」だった冠木さんは、二度の合同結婚式を経験し、韓国に移り住んだことがある。その経験をまとめた『カルトの花嫁』(合同出版)を10月末に出版する冠木さんに、信者時代の壮絶な経験や教団の実態を語ってもらった。

*  *  *

「統一教会の合同結婚式といえば、桜田淳子さんの印象しか世間には残っていないかもしれません。その他の日本人信者が、祝福(合同結婚式)後にどうやって暮らしていたのか、ほとんど世に知られることはありません。統一教会の信仰2世である私は、教団に身をささげて韓国に渡りました。私が結婚した1990年代は、まるで人身売買のように数千人もの日本人が韓国に送られていました。裁判でお金は取り戻せたとしても、壊された家族や狂わされた人生は、誰も補償してくれません」

 冠木さんは後悔の念をにじませながら、自身の半生をこう振り返る。

 冠木さんは、両親の夫婦仲が悪い家庭で育った。幼少期から父親に苦しめられる母親の姿を目の当たりにしてきた冠木さんは、結婚に関して複雑な思いを抱いてきたという。

「若い時の父は反抗期がない“良い子”だったそうです。その反動が中年になって現れたようで、父の罵詈雑言によって、母はよく父に泣かされていました。私は、子どもながらに母のことが一人の女性として不憫でならず、私だけでも母の味方でいてあげようと思いました」(冠木さん、以下同)

 そんな状況で、母親が精神的な拠り所としたのが旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)だった。母親は冠木さんが高校生のときに入信。冠木さん自身も、娘である自分の幸せは、母親が幸せになることだと考え、時を置かずして旧統一教会への入信を決めた。

 教会は男女交際禁止していたことから、年頃になっても恋人はつくらずに純潔を守った。父親のような男性とは結婚したくないという思いから、20歳ごろ、母親が勧めた「祝福(合同結婚式)」を受け入れることにした。

「恋愛を経験したことのなかった私は、祝福を受けたら、どんなに素晴らしい人生が待ち構えているんだろう、とバラ色の人生を思い描いていました。それほど、当時は教祖(文鮮明)の言葉をうのみにしていました」

 合同結婚式の前に、身も心も神にささげる「献身」に入った。旧統一教会の教えでは、献身とは神に身も心も捧げることを指す。その修練として、冠木さんは、都内にあった「ホーム」と呼ばれる一軒家で、若い男女30人ほどと共同生活を送った。

「男女比では女性のほうが多く、地方から都会に出てきたばかりの人もいました。(入信は)職場で誘われたという人が多かったように思います。集団生活では自分のプライベートな時間は全くなく、精神的にも肉体的にも追い詰められていきました。『これはおかしい』と生活を振り返るような時間さえ奪われていて、今思えば、これが洗脳のやり方だったのだと思います」

「ホーム」では、朝5時に起床してお祈りを行う。平日は仕事をして、帰宅してから遅くまで教祖(文鮮明)が解明したと言われる独自の教え「原理講義」を受け、午前0時すぎに就寝。土日は朝から、「万物復帰」というボランティア団体を名乗りながら、ハンカチや靴下を訪問販売した。売り上げを教団への献金としてささげるためだった。

 時には、「伝道」と称する勧誘活動もした。新宿駅などに出て、待ちゆく人の手相をみては、「素晴らしいですね」と相手をおだて、勧誘の拠点となる「ビデオセンター」に連れて行った。伝道されてきた人は「霊の子」と呼ばれており、たくさん連れていくほど信心が深いとされていた。

「『霊の子』を連れてくる人は、何人も引き連れてきました。勧誘するときは『幸せになれますよ』と言うのですが、私は頭の片隅で自分が幸せだとは思えなかったので、そのセリフが言えませんでした。だから、いつも『霊の子』を連れていくことができなかったのですが、今はそれでよかったと思っています」

 当時、その「ホーム」にいた全員が合同結婚式に申請していたが、教会からは「メシア(文鮮明)の選んだ人と結婚する」「一般の恋愛結婚はサタンの世界だから不幸になる」と言い聞かされていた。

「恋人がいた人は、ホームに入った段階で別れさせられていました。当時は、教祖がマッチングした相手を断ることができないという条件付きの結婚でした。みなさんそれぞれ葛藤はあったとは思いますが、群集心理のようなものが働いて、誰一人として『嫌だ』『おかしい』などとは言えず、選択の自由が奪われていました」

 当時21歳だった冠木さんの結婚相手は、2歳年下の韓国人男性(当時19歳)に決まった。冠木さんによると、「ホーム」にいた9割近くは韓国人とマッチングし、日本人同士は1割もいなかったという。祝福献金として教団に140万円を支払い、ウエディングドレスと教会のマークが入った指輪を自費で用意した。

 そして、1995年8月、韓国に出向き、ソウルオリンピックスタジアムで36万組の合同結婚式に参列した。結婚式の前日に婚約式があったが、この日、冠木さんは、写真でしか見たことない相手と初めて対面した。この時はまだ高揚感で胸が高鳴り、幸せになれると思い込んでいた。

 だが、現実は違った。

「韓国では旧統一教会が『結婚しませんか』と書いたチラシで勧誘するのですが、私の相手がまさに、他に行く当てがないような人で、結婚目的で教会に転がり込んだ男性でした。信仰を持つ者同士の結婚だと思っていたのですが、実態は36万組のために教会が数合わせでかき集めた人たちだったのです」

 挙式後、「聖別期間」と呼ばれる禁欲生活のために、日本と韓国で3年間離れて暮らした。聖別期間が終わると、夫が日本に来て東京で同居生活を始めた。女児を授かったものの、夫に定職がないことや家庭内暴力などに苦しめられた。ある日、夫の結婚理由が、日本で永住権を取得するためだったことがわかり、離婚に踏み切った。

 2000年代に入ると、教団は4億組の祝福カップルを成立させようと必死になった。教会側は何とか数をそろえようと相手探しに躍起となっており、2歳になる娘を抱えた冠木さんにも、再度、合同結婚式参加への声がかかった。

 冠木さんは逡巡したが、母親から「主(文鮮明)の国へ娘が渡っていくのに、何をためらうのか」と背中を押され、わが娘が父親となる男性を受け入れてくれるのか不安を抱えながらも、韓国に渡った。次の相手も韓国人男性だった。1度目の苦い経験もあり、男性の素性に疑問を抱いた冠木さんは結婚を断ろうとした。だが、教会側からは「この縁談を断れば娘が不幸になる」と恐怖を植え付けられた。まだ教団の洗脳状態にあったこともあり、正常な判断をすることも難しかった。

 やむなく受け入れた相手は、経歴を詐称し、定職がなくアルコール依存症、冠木さんのクレジットカードを無断で100万円も使う男だった。韓国で2人目の娘を帝王切開で出産した時には、術後2週間安静にするはずが、4日目にして夫が酒を飲み病院に乗り込んで来て、お金がないから「早く退院させろ」と騒ぎ、無理やり退院させられた。

 結局、夫は闇金に追われて蒸発。異国の地に取り残された冠木さんと娘2人は、夫に捨てられたのだった。

 数カ月後、夫が失踪した先の食堂を経営しているハルモニ(韓国語でおばあさんの意)から連絡があり、行き場所を失っていた冠木さん母子は、好意で住む場所を提供してもらえることになった。再び夫と生活することに葛藤を抱いたが、生きるためにはこの生活を受け入れざるを得なかった。だが、貸してもらえたのは、台所もトイレもないプレハブ小屋だけ。そこでの極貧生活に耐える日々が続いた。

 なぜ冠木さん母子はこんな生活に耐えることを選んだのか。それには理由がある。

「教祖(文鮮明)からは、『うら若き韓国の乙女を従軍慰安婦として苦しめた過去の罪がある』から、日本人は『どんな韓国人と結婚させられても感謝しなければならない』と言われ続けていました。私たちは日本人であることの罪を植え付けられ、どんな苦難も甘受しなければいけないと思わされていました。だから、ひたすら耐えていたのです」

 だが、2013年に文鮮明が死去する。神メシアとしてあがめていた教祖が、肺炎であっけなく亡くなったことで、冠木さんの洗脳は解けた。そして、冠木さんは娘とともに日本に帰国。日本に帰ってくれば、この苦境から解放され、人生が開けるのではという希望があった。

 だが、またしても現実は違うものになってしまう。冠木さんは「脱会後の人生の方がつらかった」と語った。(AERA dot.編集部・岩下明日香)

※記事後編<<「安倍元首相と教団の関係を検証して被害者を救済を」 旧統一教会を脱会した“信仰2世”の願い>>に続く

AERA dot.の関連リンク

image beaconimage beaconimage beacon