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深圳の「薬の自販機&遠隔診療機」が凄すぎる 中国のIT進化は伝統産業にも浸透している

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/10/31 08:10 劉 瀟瀟
住宅地にある薬の自動販売機と遠隔診療機(筆者撮影) © 東洋経済オンライン 住宅地にある薬の自動販売機と遠隔診療機(筆者撮影)

 中国におけるイノベーションといえば、HUAWEI・テンセントといった電子機器メーカーやネット通販のアリババなど、ITサービスを展開する企業が思い浮かぶことが多いだろう。

 しかし、実際の「中国イノベーション」は、IT業界だけではなく、伝統的な産業にまで浸透している。

 特に深圳におけるイノベーションのスピードはとてつもなく速い。5か月前のゴールデンウィーク時期に続き、今年9月末も深圳に行ってみたが、またいろいろ新サービスが登場し、古いものが去っていたという感覚がある。その中で、もっとも進歩を感じたのは、薬の自販機と遠隔診療機の合体版との「出会い」だった。

 中国では、キャッシュレス社会が急速に進歩するなど、イノベーションが盛んである主な理由として、以前のコラムでリープフロッグ型発展と顧客視点のデザイン・シンキングを筆者は指摘した。

 今回は伝統的な産業である漢方薬メーカーのイノベーションを例にして、中国でイノベーションが盛んである別の要因として、「インターネットプラス」と「垂直統合志向」を説明したい。

「薬ひょうたん」って何?

 深圳のとある住宅地で見かけた大型の「自販機」に目がとまった。

 左側の「康美スマート薬房」は、市販の漢方薬、養生(身体の状態を整える)効果があるお茶、風邪薬、のど飴などが置いてある自販機で普通にどこにでも見かけるものだ。

 が、右側の「薬ひょうたん(昔の中国では薬をひょうたんで貯蔵することが多かったので、ひょうたんは薬を連想しやすい)」のタッチパネルを見ると、いろいろ機能が書いている。

 「スピーディーな薬購入」「漢方薬薬煎代行」「処方箋購入予約」「オンライン診療」「薬受取り」などである。

 この「自販機」を手掛けたのは、「康美(カンメイ)薬業」だ。この名前を知る日本人はほとんどいないかもしれないが、中国の漢方薬業界では大手だ。

 1997年に創業し2001年上海証券取引所に上場した。当初、西洋医薬の製造も取り組んだが、漢方薬の将来性を見込み、最近は漢方薬に重点を置いている。

 生薬の栽培、病院、地方の「康美健康城」(康美の病院、リハビリセンター、漢方薬展示センター、学校などがあるスマート医療、総合的な健康を目指す地域)、生薬の取引所から養生レストラン(中国の養生思想にもとづいた食材でメニューを作る)まで、幅広くビジネスを展開しており、中国の国内初といわれる漢方医療の全過程を実現できるプラットフォームを開発した。

 康美薬業の2017年の純利益は41億元(約681億円)で、日本漢方薬メーカー大手・ツムラ(2018年3月期は145億円)の約4倍だ。薬の自販機の機能は分かりやすいが、「薬ひょうたん」は何なのかわかりにくい。

 そこで、康美薬業を訪問した。

 「薬ひょうたん」は、実は遠隔診療機だった。

 具体的には、日本のマイナンバーカードに相当する身分証明書を挿入すると、対応可能な医師のリストが表示される。医師を選ぶと、オンラインでその医師とビデオ通話になる。自分の症状を言い、医師に診察してもらい、処方箋を出してもらう(「薬ひょうたん」が印刷する)。

 隣の自販機に在庫がある薬であれば、そのまま薬が出てくる。自販機にない薬や煎じる漢方薬の場合、オーダーがそのまま工場まで送信され、患者の指定するところに届けられる仕組みだ。これは前述のプラットフォームにより実現されている。康美薬業は、「夜間急病の人や医療環境が未発達な地域にいる人に、すぐにでも医師に診てもらえるように、このシステムを研究開発した」という。

漢方薬メーカーっていちばん古臭いはずなのに

 漢方薬は中国語で「中薬」と呼ばれ、中国では人々の日常生活に浸透している。2016年の中薬生産総額は8,653.4億元(約14.7兆円)に達している。全薬品生産総額でみれば中薬だけで3分の1も占めている。 

 中国政府は、「健康中国2030」計画を2016年8月に発表し、高齢社会、健康寿命伸長のため、中薬を推進している。中国人の多くは、西洋薬は副作用が多く、身体への負担が多いと思っており、身体の内から健康を補助してくれる中薬を好む。

 いちばんの難題は、飲みにくさだ。日本の漢方薬は、粉末や錠剤が多く、水ですぐに飲める。

 一方で、中国の場合、市販の中薬もあるが、それよりも、漢方医(中医)に診てもらい、個人個人の体質、症状、気候に合わせた中薬の処方箋をもらう方が好まれている。

 そのために薬剤を煎じる必要がある。火加減が難しく、時間もかかり、匂いも強く、持ち歩きも不便という欠点があった。

ITサービス企業に変身した漢方薬メーカー

 今回深圳で視察した「康美薬業」はこの古臭いイメージを覆す。IT技術を使い、医療資源の格差が激しい中国にとって夢のような「薬局+遠隔診療」システムを作り出したのである。康美薬業は、中国の「インターネットプラス」をうまく取り込んだ好例だ。

 「インターネットプラス」というのは、2015年3月に中国・李克強首相が提出した政策で、新しいインターネット技術である「移動互聯網(モバイルインターネット)」、「雲計算(クラウドコンピューティング)」、「大数据(ビッグデータ)」、「物聯網(モノのインターネット)」などを、既存産業に結びつけることである。

 「インターネット+医療」、「インターネット+物流」、「インターネット+金融」など、従来の産業の新たな発展の推進を目指すことである。それが最も伝統的とみられる中薬業界にも活用されている。

 「中医に診てもらい、生薬をもらい、自宅で面倒くさい煎じること」をせず、もっと簡単に中医に診てもらいたい、もっと簡単に効果がある中薬を飲みたい、出張先にも薬が届けて欲しいといったユーザーニーズに答えようと、インターネットを駆使し、現在のITサービス企業に匹敵するほど伝統産業を発展させた。

 現システムであれば、生薬の産地確認はQRコードで可能であり、煎じる中薬の処方が来たら、電子煎薬鍋で煎じる火加減、時間をコントロールする。飲みやすくするよう、錠剤化も可能になった。

 康美の生薬取引所では、オンラインもオフラインも康美pay(アリペイのような電子決済)が使え、小規模生産者に康美payの融資も行われている。また、経済が未発達な地域だと薬を買うのも大変だが、患者が紙ベースの処方箋を「薬ひょうたん」でスキャンするだけで、オーダーでき、宅配の依頼もできる……。

 康美のもう1つの特徴は、バリューチェーンの川上から川下までをほぼ自社で管理する垂直統合を目指していることだ。良品計画、ユニクロ、アップルなどと同じである。

 近年、多くの企業が水平分業を進め、「バリューチェーンのこのステージに集中し1番になろう」という「ステージ特化志向」が強い。一方、中国企業は、どちらかと言えば、「垂直統合志向」、川上から川下まで事業範囲を広げ、関係分野はすべて自分の分野とすることで、大企業となることを好む。

 これは、中国の社会環境に関係ある。中国の場合、地域で風土と慣習が違うため、標準・規則の格差が激しい。また、他の会社との取引はリスクが高い。そこで、垂直統合を進めることが多い。これにより、品質管理の徹底やビッグデータの活用も期待できるし、バリューチェーンの各部分の課題を迅速に把握でき、改善しやすい。

 康美は、川上の生薬栽培を管理することやオンライン取引所を所有することにより、価格と生産量を見ながら、農家への指導を行い、適切な時期に作付けさせることで、需給のバランスを取りつつ市場を安定化できる。病院を所有することにより、患者のビッグデータの活用、ニーズ把握ができ、次のビジネスにつながる。

 薬の生産だけではなく、個人データと疲労レベルを診断してからマッサージモードを設定するスマートマッサージチェア、前述の「スマート薬房」、健康食品、レストランなど患者と多面的にコンタクトを持つことで、便利さを認識させ、一般消費者市場でもブランド力向上が期待できる。

 つまり、「ここに入ったら一生の健康のことをおまかせください」という勢いだ。

日本の伝統的産業も見習う点は多いはず

 康美を代表とした中国の伝統的産業のメーカーは、競争の激しい中国で生き残るため、懸命に進化している。国の「インターネットプラス」政策を背景に、今までできなかったこと、前例はないが今ならできることに積極的にチャレンジしている。

 また、マーケティング・マイオピア(近視眼的マーケティング)に陥らず、消費者の根本ニーズに立ち返り、関連業界に進出しようとする姿勢もよく見かける。

 日本の伝統的企業は中国では非常に尊敬されているが、時代遅れ、または「もっとインターネット等を活用したら良いのに」と思われるところもある。

 日本企業は、伝統、自社の「芯(コア)」を守りながら、新たな発展を目指していくのが、今後の課題だと思う。中国企業の例が参考になればと願う。

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