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「水になれ」香港デモで習近平を追い詰めるブルース・リーの言葉

AERA dot. のロゴ AERA dot. 2019/08/16 20:47
香港にあるブルース・リーの像。地元での人気は今なお根強い (c)朝日新聞社 © Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 香港にあるブルース・リーの像。地元での人気は今なお根強い (c)朝日新聞社

「Be water」

 いま、この言葉が中国のトップ、習近平(シーチンピン)国家主席を追い詰めようとしている。もとは香港の伝説のアクションスター、ブルース・リー(李小龍)が語ったものだ。

 ブルース・リーは鍛えた肉体でカンフー映画を大ヒットさせたが、1973年に32歳の若さで亡くなった。地元香港はもちろん日本でも人気のスターの言葉が、絶大な権力を誇る中国トップにどうつながるのか。

 実は、いま香港で行われている若者を中心としたデモでは、この言葉が“活動方針”となっているのだ。

 ブルース・リーは多くの名言を残した。次の「燃えよドラゴン」のセリフを覚えている人もいるだろう。

「Don’t think. Feel(考えるな、感じろ)」

 同じようにインタビューで答えた次の言葉も有名だ。

「心を空にしろ。水のように形をなくすんだ。水は注げば、カップ、ボトル、ティーポットのそれぞれの形にちゃんと収まる。水はなめらかに流れつつ、時には激しくぶつかることもできる。水になれ、我が友よ」

 困難に直面したときは形式にとらわれず臨機応変に対応しよう、といった意味などが込められている。これが実践されたのが、「香港国際空港」でのデモだった。

 アジア有数のハブ空港に多くの若者が集まり、香港政府に抗議した。デモを受けて当局は8月12、13日に多くの航空便を欠航させ、空港機能はマヒ。お盆休みを海外で過ごす日本人にも影響がでた。

 なぜ空港でデモをしたのか。デモに遭遇し、取材した大手メディア記者はこう語る。

「若い大学生らが中心となって空港のロビーに座り込み、『香港に自由を』などと中国語や英語で叫んでいました。英語や日本語のプラカードも掲げ、海外から到着する人にもアピール。空港は国際世論にデモを見せつけられる絶好の場所なのです。多くの外国人が行き交う空港では、警察は催涙弾などを使用しにくい。それまでの市街地でのデモでは催涙弾などで排除されていたこともあり、空港に目をつけたのでしょう」

 デモ隊は複数のグループがSNSを通じて空港に集まるよう呼びかけた。特定のリーダーがいなくてもネットを通じて多数を動員できるため、警察側は阻止するのが難しかった。2カ月近く続いた市街地でのデモにこだわらず、空港に目をつけた「臨機応変」さもあって、効果は大きかった。

 空港当局は2日間で約600便の運行を取りやめ、デモは世界的に注目された。香港政府とその後ろ盾となっている中国政府の威信は傷ついた。

 デモ隊に紛れていた中国の報道機関の記者らが暴行を受けたこともあり、暴徒化も指摘されたが、取材した記者は全体的には落ち着いていたと感じたいう。

「デモ隊は黒いTシャツを着てマスクはしていますが、棒などの武器は持っていません。若い女性も多く、外国人や一般市民が身の危険を感じることはありませんでした。以前のデモで参加者の目を負傷させたとして警察への反感は強いのですが、暴徒化している感じは受けませんでした。空港の警備員や警察は積極的に排除せず、傍観せざるを得ない状況だったのです。報道の自由がない中国系メディアはデモ隊の暴徒化を強調していますが、地元では同情的な報道も目立ちました」

 裁判所が空港内でのデモを禁じる命令を出したこともあって、8月14日以降は参加者が減り空港の機能は回復。デモはいったん縮小したが、抗議活動が収まる気配はない。

 緊張を高めているのは中国政府の動きだ。「テロリズムの兆候も現れ始めた」などと強く非難し、米国など外国勢力が学生らを扇動していると主張。香港の近くで警察などによる大規模なデモ対策訓練も実施し、鎮圧に乗り出すのではないかと警戒されている。

「情報機関によると、中国政府は香港の境界へと部隊を移動させている。みんな落ち着いて安全第一に」

 トランプ米大統領は8月13日にこうツイートし、中国政府を牽制(けんせい)した。

 もし、中国政府が直接デモを鎮圧し死傷者がでる事態となれば、影響は計り知れない。

 高度な自治を保障するはずの「一国二制度」が崩壊。欧米や日本との関係が冷え込み、中国は世界的に孤立する。「一国二制度」による統一を目指してきた台湾との関係も、根本的な見直しを迫られる。

 経済的にも深刻な影響が予想される。中国は香港を通じて多額の資金を集めており、香港経済の混乱は中国経済を揺さぶる。世界経済は米中の貿易戦争でただでさえ不安定化しており、武力介入は「世界経済危機」の引き金を引きかねない。

 来年の大統領選で再選を目指すトランプ米大統領にとっても、経済危機は避けたいのが本音だ。

「私は暴力的な弾圧を見たくない。もし習近平氏が望むのであれば、人道的な方法で解決できるだろう。抗議する人々の代表グループと話し合えばいい」

 トランプ米大統領は8月15日に記者団にこのように語り、近く習近平主席と電話で協議することを明らかにした。中国政府の介入を牽制しつつ、香港問題を米中貿易戦争の“カード”として利用している。

 最後に鍵を握るのはやはり習近平主席だ。デモを放置すれば威信が傷つき、強権的な姿勢で維持してきた自らの政治基盤が揺らぐ。一方で強攻策にでると経済危機につながり、香港だけでなく中国市民の反発も招いて、中国共産党の一党独裁体制さえ崩壊しかねない。

 習近平主席としては香港政府を通じて市民を懐柔し、デモをできるだけ早く収束させたいところだ。実際、香港政府は8月15日に各世帯にお金をばらまく緊急の支援策を発表するなど、「アメ」を必死にアピールしようとしている。

 それでも学生たちのデモが収まる保証はない。そもそも「一国二制度」自体に無理があり、いずれ強攻策を取らざるを得ないとの見方もある。前出の大手メディア記者は、中国政府への不信感はデモ隊だけでなく香港市民にも広がっていると指摘する。

「学生たちは、習近平主席が香港政府を操って警察にデモ隊を襲撃させていると訴えています。こうした中国政府を批判する主張に、多くの香港市民が共感しています。強権的な姿勢を続けてきたことに加え、中国の富裕層が香港の不動産を買い占めるなど経済的に中国にのみ込まれてしまうという危機感があるからです。『一国二制度』という幻想は崩れつつあり、中国政府が武力介入するのではないかとの不安が高まっています」

 柔軟策でも強攻策でもダメージが避けられない習近平主席。選択肢が狭まるなか、デモ隊のように臨機応変に立ち回れるのか。人命や世界経済が関わる重大問題だけに、その決断から目が離せない。

(本誌・多田敏男)

※週刊朝日オンライン限定記事

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