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【飛び交う陰謀論】新型コロナウイルス発生源は中国ウイルス研究所?

文春オンライン のロゴ 文春オンライン 2020/02/01 19:00 末家 覚三

 感染者が2003年に猛威を振るったSARSを上回った新型コロナウイルスは、どこから発生したのか。複数の研究が続く中、ウイルスの拡大を遥かに超えるスピードで発生源の流言飛語が拡散し始めた。だが、全く根拠がないわけでもないところが厄介だ。

急拡大する「中国生物兵器説」

コロナウイルス ©AFLO © 文春オンライン コロナウイルス ©AFLO

 インターネット上で急拡大しているのは「中国生物兵器説」だろう。感染拡大の中心地・中国中部の武漢市に世界有数のウイルス研究所「中国科学院武漢病毒研究所」があることが最大の根拠だ。

 実際、武漢市での感染拡大が発覚した当初、このウイルス研究所が関与したかどうかについて安全保障の専門家の間でも水面下で議論が進んでいたというから一定の考慮の価値はある。

 この研究所は日本を含め世界でも100に満たない最高レベルの安全管理基準であるBSL-4(生物学的安全レベル4)に準拠した施設。フランスの技術が導入され、米国の研究所とも深い連携を結び、ウイルスが逃げないよう空調など万全の施設を整えているとされるのが武漢市の研究所だ。

 気になるのは、この研究所に対する警告を米国の分子生物学者が2017年の時点で英科学誌ネイチャーの記事で発していることだ。この学者によると、研究所の発足前に中国ではSARSウイルスが別の施設から何度も漏洩したことがあるといい、別の学者も「透明性こそが研究所の基礎」として閉鎖的な中国での運用を危惧する意見を表明していた。

米国務省が報告書で中国の生物兵器への懸念表明

 無論、ウイルスと生物兵器の間にはだいぶ隔たりがある。ただ、そこに現れるのが、米国務省の報告書だ。2019年の報告書で中国が「潜在的に(兵器にも医学にも)併用できる生物学的活動をしている」と懸念を表明しているからだ。

 こうした要素を初期に報道したとみられるのは米国議会から支援を受け、アジアでの反共プロパガンダを担ってきたアジア自由ラジオ放送だった。

 慎重な報道ではあったが、ウイルスが人為的に製造されたのではないかと示唆する内容だった。これを受け、さらにイスラエル元諜報関係者の実名証言を交えて一大ニュースに仕立て上げたのが米保守系マイナー新聞のワシントン・タイムズだ。

 一流紙とされるワシントン・ポストでもニューヨーク・タイムズでもないことに留意されたい。要は少し信憑性の薄い、眉に唾つけて読む必要のある新聞だ。

 記事の見出しは「コロナウイルス、中国の生物兵器戦争に関係する研究所から発生した可能性も」。実名証言も報じているが、実際にこのダニー・ショハムなる人物の証言をみると、ウイルスの漏洩については一般的な可能性を指摘したまでで「いまのところそれを示すか推測させるような証拠はない」としているのみ。羊頭狗肉だ。

 生物兵器に要求されるのは、味方を傷つけずに敵方を殲滅する「能力」。つまり感染力が限定的で殺傷力が高いことが求められる。

 だが、新型コロナウイルスはSARSと比べて感染力が強い割に殺傷力は弱い。仮に兵器だったとしたら、敵方はなかなか死なないかわりに味方に損害が出る、という元々あるSARSにすら能力が劣る落第兵器だ。研究所から漏れた可能性はゼロではないにしろ、兵器説は荒唐無稽とせざるを得ない。

ワクチン開発を資金支援していたビル・ゲイツの陰謀?

 一方、中国起源説に異を唱えるのは英米起源説だ。新型コロナウイルスが発生する前にそのワクチンの特許が出願されていた、と特許関係の書類付きで米国のトランプ信者で陰謀論者のユーチューバーから大拡散している。しかも、その研究を資金面で支えているのが米マイクロソフト社創業者の大富豪ビル・ゲイツ氏というのだ。

 だが、その書類をみると、種類こそ数多あるコロナウイルスだが、細かくいえば鶏伝染性気管支炎ウイルスで、新型コロナウイルスとは無関係どころか、そもそも鳥の病気。しかも、ゲイツ氏のビル&メリンダ・ゲイツ財団は英パーブライト研究所を支援しているものの、その研究自体には支援していなかった。

 だが、陰謀論は恐ろしい。ウイルス、大富豪、中国、米国、というだけで妄想を膨らませるには十分なキーワードだが、そこにワクチンまで加わると厄介だ。

 ワクチンについてはワクチンの効用を否定する反ワクチン運動がネットでも現実世界でも一定の支持を得ており、実際に90年代以降、世界的に麻疹、風疹、おたふく風邪(MMR)ワクチンの接種率が下がっているとの報告もある。まるで天然痘用のワクチンが世界で初めて開発された200年前のころのようだが、ともかく、この「ワクチン」「反ワクチン」というのは迷信を信じがちな人々の琴線にさらに触れてしまい、陰謀論の広がりに拍車をかけてしまっているようだ。

「中国でコウモリ食が広がっているから感染した」

 意外と真実に近いのは完全なフェイクニュースである「コウモリスープ起源説」かもしれない。中国人女性がコウモリスープを食する動画を2016年にシェアしていたのだが、改めてネット上で拡散。コウモリはSARSの発生源とされていたことから、新型コロナウイルスも「中国でコウモリ食が広がっているから感染した」との説を形成したのだ。

 ところが、これは全くの嘘。撮影されたのはパラオだったからだ。一方、真実に近いというのはコウモリの部分だ。

 皮肉なことに、新型コロナウイルスの発生源についていち早く、1月23日に言及したのは、「生物兵器説」の犯人として名指しされた武漢市の「中国科学院武漢病毒研究所」。所属する女性医師の石正麗博士らのチームがコウモリ起源説の草稿論文を発表したのだ。

 この博士は、SARSの起源がコウモリに遡ることを遺伝子情報などで突き止めた御仁。その後もコウモリとウイルスの関係を確かめようと、何年も周辺の洞窟を歩き、コウモリの糞を採取してはウイルスの有無を調べる研究を続け、2017年には人間への感染は未確認の別の新型コロナウイルスまで発見しているのだ。

 その博士が発表した今回の論文でもこの別のコロナウイルスが登場する。新型コロナウイルスの遺伝子情報はSARSウイルスとの類似性は79.5パーセントに過ぎないが、この別のコロナウイルスとは96パーセント一致するというのだ。それをもって石博士らのチームは新型コロナウイルスがコウモリ由来だったと推論する。

 コウモリ発生源を強く示唆する内容だが、発生源の問題はまだ残る。というのも、コウモリから人にどう感染したかの経路が未解明だからだ。

 当初から多くの感染者が武漢市の海鮮市場に行っていたことが発表も報道もされていることから、コウモリと接触した野生動物を市場で買って食したことが原因の可能性が指摘されているが、前回記事でも触れた通り、最初期の感染者41人のうち14人はそもそも市場と接点がないことが医学誌ランセットの論文で指摘している。

 しかも、12月はコウモリの冬眠時期で、野生動物にしろ、接触の機会はかなり限られる。発症時期などから、すでに10月時点で人の感染者が出ている可能性を指摘する研究者もいる。

 いったいウイルスに最初に接触した新型コロナウイルスの「アダム」は誰なのか。そして、そのアダムにウイルスを媒介した生物は何なのか。解明が進まなければ、今後も動物を媒介した接触が再発することすら考えられる。陰謀論で盛り上がっている場合ではないのだ。

(末家 覚三/週刊文春デジタル)

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