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ベトナム人の「嫌中心理」が日本人を上回る理由

ダイヤモンド・オンライン のロゴ ダイヤモンド・オンライン 2018/06/29 06:00 姫田小夏
ベトナム人の「嫌中心理」が日本人を上回る理由: 欧米メディアは一斉に報じた。穏やかな休日となった旧市街 Photo by Konatsu Himeda © diamond 欧米メディアは一斉に報じた。穏やかな休日となった旧市街 Photo by Konatsu Himeda

ベトナムで頻発し激化する反中デモ

「6月16日(土)、17日(日)にハノイ市でデモが予定されています。旧市街付近は近寄らないよう気をつけてください」

 6月15日にハノイ入りした筆者のスマートフォンに、現地の日本人コミュニティからそんなメッセージが送られてきた。その内容は「反中デモ」への注意喚起。すでにベトナムでは、10日から11日にかけて複数の都市で大規模な反中デモが発生し、首都ハノイ市でも抗議行動に出た市民を警察が拘束する一幕があった。それでもなお、民衆の怒りはくすぶり続けていた。

 その原因は、ベトナム国会が審議中の「経済特区法案」だった。ベトナム政府は北部、中部、南部の3ヵ所に特区を建設し、優遇政策を与える外資誘致を決定したが、外資企業への土地のリース期間を「最長99年間」とする同法案に、市民が猛反発を示したのだ。

 抗議の矛先が向けられたのは中国である。ベトナムの市民は「長期のリースは主権に影響を及ぼす」と危惧し、ホーチミン市では「土地は1日たりとも中国には貸さない」「中国はいらない、中国は出ていけ」といったシュプレヒコールが渦巻いた。

 欧米メディアは一斉にこれを報じた。英フィナンシャルタイムズ紙は、ホーチミン市の抗議行動に参加した市民の心情を、次のように掲載した。

「99年間の土地租借法は、わが国の主権に直接的影響をもたらす。われわれは中国の手に落ち、人民は4000年の歴史を失い、(ベトナムは)世界地図から消える」

 ベトナム人は中国に対し深い疑念を抱いているが、それ以上に市民が心配するのはベトナム政府の“緩さ”だ。筆者の友人でもあり、中国でともに机を並べたベトナム人のタィンさんは、「ベトナムもまた汚職が蔓延する国家の一つ、ベトナム政府もいずれ中国資本の札束に屈してしまう」と懸念する。

 インド系シンクタンクも「北部の経済特区(ヴァンドン島)のリースを認めれば、中国の影響力はトンキン湾の周辺島嶼まで広がる」と、即座にレポートを公開し警戒を示した。ベトナムと軍事上の協力体制を強化するインドは、中国の「一帯一路」構想をいっそうシビアに見つめる。

 ハノイで予想された反中デモだったが、6月第3週末のハノイ旧市街は至って平穏な1日となった。「近寄らないように」と注意喚起されていたホアンキエム湖周辺は、子連れや若者たちが散策を楽しんでおり、地元の女子大生・トゥイさんと待ち合わせをしていた筆者も無事ランチにこぎつけた。

 昼食をともにしながら、反中デモの話題になると彼女の顔は曇り、「中国資本がベトナムに来るなんて絶対いやだ」とはっきり言い切った。今の世の中、「経済効果」を理由に「長いものには巻かれろ」といった声も多い中で、ベトナムにはこれほど明快に答えることができる人々が存在するのだ。

侵攻と反撃を繰り返した中越の歴史

 19世紀半ばのアヘン戦争による清国の衰退により、ベトナムはおよそ1世紀の間、フランスによる植民地支配という時代を経験した。しかし、それ以前のベトナムは、国境を接する中国との闘いの歴史であり、南漢、宋、元、明などの中国歴代王朝によって繰り返し侵攻を受けてきた。

 第2次大戦が終結すると、中越両国は1950年に国交を樹立した。同じ社会主義国家として「よき友、よき同志」と呼び合う仲になり、1965年から75年のベトナム戦争時には、中国は旧ソ連とともに北ベトナムを援助し、アメリカの支援する南ベトナムに対して勝利を収めた。しかし、1979年には国境地帯で中越戦争が、1984年には中越国境紛争が勃発する。

 90年代に入ると、ソ連の崩壊で後ろ盾を失ったベトナムは中国に接近。両国は「経済発展」で利害を一致させ、中国はベトナムで大規模投資を行うようになった。このように中越の歴史は深いものの、そこには“蜜月”と“冷却”の繰り返しがある。

 そして2010年代以降、ベトナムでは毎年のように大規模な反中デモが起こるようになる。背景にあるのは、中国が南シナ海で進める石油掘削活動だ。特に2014年5月に発生した反中デモは歴史に残る激しいもので、中国が石油掘削リグを設置したことに腹を立てた市民が、放火や破壊行動に出た。

 ベトナムに進出する中国企業の中には、焼き討ちに遭うところもあり、中国冶金科工集団の現地工場では3565人の従業員のうち4人が死亡、130人が負傷する大惨事となった。TCLやハイアールなど、ベトナムに投資する中国家電メーカーは少なくないが、大手メーカーの美的集団は生産基地が破壊された。

「領土は一寸たりとも中国には譲らない」

 今どきの言葉を借りるなら、ベトナム人の嫌中心理は“半端ない”ものだといえる。

 筆者は、ハノイ滞在中に国立ベトナム歴史博物館を訪れた。館内を見学に訪れていた地元の小学生は、専門家の解説のもと、食い入るようにベトナム軍の抵抗を描写した模型に見入っていた。未就学児ですら集団でここを訪れる。このようにして、ベトナム人は「ベトナム軍は、戦いのたびに中国歴代王朝の侵攻を反撃した」という歴史上の自信を骨身に刻んできたのだろう。

 数年前までベトナムに駐在していた、日本人ジャーナリストはこう指摘している。「小国とはいえ、中国には簡単になびかないのがベトナム人。『領土は一寸たりとも中国には譲らない』という気持ちが非常に強いのです」

 現在、中国は「一帯一路」構想を着々と展開しており、中国と国境を接する14の国を対象に、交易の拡大とインフラの整備を急いでいる。だが、国境を接する国と国には生々しい戦いの歴史が存在する。

 中国は、「経済効果を振りかざせば、開かない扉はない」と算段しているのだろう。しかし、ベトナムに関していえば、その現実を低く見積もっている感がある。ベトナム市民は、簡単には中国資本を受け入れない。中国にとってベトナムは“難攻不落の市場”といえそうだ。

(ジャーナリスト 姫田小夏)

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