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南北合同チーム結成に見る文大統領の身勝手 平昌オリンピックで度を越した政治利用

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2018/01/23 10:00 薬師寺 克行
女子アイスホッケーの韓国・北朝鮮合同チーム結成が決まった。文在寅大統領は自分の人気取りに平昌オリンピックを利用?(写真:YONHAP NEWS/アフロ) © 東洋経済オンライン 女子アイスホッケーの韓国・北朝鮮合同チーム結成が決まった。文在寅大統領は自分の人気取りに平昌オリンピックを利用?(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

 平昌五輪への北朝鮮の参加を国際オリンピック委員会(IOC)が認めたことで、南北合同の選手団が開会式で入場行進することになり、北朝鮮に関して久しぶりに前向きの話が出てきたように見える。しかし、ことはそれほど単純ではない。外交・安全保障政策上の観点からは、「韓国政府が北朝鮮にいいように利用されている」などという批判が出ている。さらには五輪の政治利用という観点から見ても問題だらけである。特にひどいのが「女子アイスホッケーの合同チーム結成」だ。

 IOCの決定では、北朝鮮はスキー、スケート、女子アイスホッケーの3競技に合計22人の選手と役員やコーチなど24人を派遣することが承認された。このうち女子アイスホッケーは12人で、試合ごとに北朝鮮の選手を最低3人起用するという。五輪開催までわずか20日余りという段階で、韓国のアイスホッケー女子チームに、これまで一度も一緒に練習したことすらない北朝鮮選手を加えるというのは、この競技を多少でも知っている人であればとても考えられない話である。

アイスホッケーという競技の性格を無視

 アイスホッケーは「氷上の格闘技」といわれる。スケートリンク上で選手が激しくぶつかり合いながら、スティックを使って、直径3インチ(7.6センチ)の硬質ゴムでできた円形の小さなパックを狭いゴールに打ち込む競技だ。乱暴な競技に見えるが、計算し尽くされたチームプレーが不可欠だ。選手たちは前後左右に巧みに滑りながらパックを運び、仲間の選手にパスを回し、ゴールキーパーの体の重心の動きを見ながらわずかな隙に打ち込む。仲間同士の連携、機敏な動きや瞬時の判断などが不可欠で、力だけでなく繊細さも必要な複雑なスポーツである。

 試合に登録するのは1チーム23人で、このうち22人がベンチに入り試合に出る。ゴールキーパーは3人。残る20人は5人1組のセットを作り、試合中にセット単位で頻繁に交代する。というのも前傾姿勢を維持しつつ氷上を走り回ると体力の消耗が激しいため、どんな選手でも最長で2分間のプレーが限界と言われているためだ。

 したがって日常的な練習では、個々の選手がプロレスなどの格闘技の選手に並ぶ筋肉トレーニングをするとともに、氷上ではセットを中心にそれぞれの癖や得意技を踏まえつつ連係プレーの上達を目指す。時間をかけたチームづくりが求められるスポーツでもある。

 世界的には米国やカナダ、ロシア、そして北欧や東欧諸国が圧倒的に強い。世界ランキングを見ると、男子は日本、韓国ともに20位台だが、女子は日本が7位と健闘しており、韓国はこちらも20位台である。五輪に出場できるのは男女とも8チームだけ。日本女子は実力で五輪出場を続けているが、韓国は男女とも実績だけで五輪に出場したことはない。

 そこで平昌五輪開催を前に韓国政府が目指したのが開催国チームの出場権獲得だった。アイスホッケーの場合、世界のトップクラスまで行かなくとも、ある程度の力があれば開催国チームに出場権が与えられる。それを目指して韓国は4年計画で男女チームの強化を進めてきた。とはいえ韓国の競技人口は少なく自前で強いチームを作ることは困難なため、実力ある外国人選手の帰化を積極的に進めた。その結果、男女とも国際大会での成績が上昇し、開催国出場権を獲得したのだ。

 そのような事情のため、五輪に出場する韓国選手をみると韓国チームは男子7人、女子4人の選手がカナダや米国から帰化した選手となっている。男子の場合は3分の1が帰化した選手で占められる。

 ここまで苦労して手に入れた五輪出場権だが、開催直前になって文在寅(ムン・ジェイン)大統領が女子チームは南北合同とすると決めてしまった。関係者に対しては事前に何の相談もなかったようで、女子チームのメンバーは「米国での合宿を終えて1月中旬に帰国、仁川国際空港に到着した時に初めて聞かされた。選手は深く傷ついており、士気も下がっている」と韓国メディアに語っている。

上位入賞できないので政治的に利用しやすい

 それはそうだろう。アイスホッケーのトップ選手の多くは幼少期からスケートを履き、一般人の靴と同じようにスケートを操る。大半の選手が10年以上、トレーニングを続け念願の五輪出場を果たした。韓国の実力から考えると、選手にとっては最初で最後の五輪出場となるだろう。ところが北朝鮮の選手の参加で一部の選手ははじき出される可能性が高まった。かわいそうな話であるが、それだけでは済まない。文在寅大統領の決断やIOCの判断は矛盾と問題に満ちているのだ。

 まず、南北合同チームはなぜ女子だけなのか。アイスホッケー関係者の間では、「韓国の男子チームは7人もの帰化した選手を加えるなど強化に力を入れてきた。本番で勝利する可能性も出てきている。それに対し女子チームは、上位進出はもとより1勝することも難しいとみられている。だから、女子チームだけ合同としたのであろう」というのだ。実際、李洛淵(イ・ナギョン)首相が記者との懇談会で「女子アイスホッケーは韓国が世界ランキング22位、北朝鮮が25位でメダル圏にない」などと発言しため批判を浴び、後日謝罪している。

 南北の連携や融和を示すには個人競技ではなく、両国の選手が一緒になってプレーする団体競技のほうが効果的だ。しかし、上位入賞が期待される競技での合同チームは国内の反発を買いかねない。そんな中では女子アイスホッケーが一番やりやすい。韓国政府はそんなことを考えたのだろう。これでは関係者はたまったものではない。

 IOCが南北合同チームの登録選手数を両国選手合計で35人としたことはさらに問題である。他の国は規定通りの23人だ。そして、各国とも同じ選手が出場し、激しく体力を消耗する試合をこなしながら優勝を争う。ところが合同チームは他国チームより圧倒的に人数が多くなるため、試合ごとに疲れていない選手を出場させることが可能になる。

 35人の登録選手が具体的にどういう条件で出場できるのか、細部はまだ明らかになっていないが、このままでは同じルールの下で競うという最低限のルールが無視され、極めて不平等、不公平な条件で競技が行われることになる。登録人数増は韓国が要求し、IOCが認めたようだが、決定に際してはスポーツの専門家がいるにもかかわらず、なぜ、こんな非常識な話が認められたのだろうか。

 南北合同チームと試合をする可能性がある日本チームの関係者は、「主催国の大統領が絡む政治的判断であろうから、だれもIOCの決定に文句を言えない。しかし、こんな不平等な条件の下で合同チームが勝利を重ねたらもはやスポーツとは言えない」と批判している。

「疎通」を掲げながら、自身が国民世論を無視

 韓国国内では、文在寅大統領が合同チームの結成を関係者に一方的に通告した手法にも批判が集まっている。文在寅大統領は前任の朴槿恵(パク・クネ)大統領が国民世論の声を聞かなかったとして「疎通」を重視するという公約を掲げて当選した。従軍慰安婦問題について朴政権は慰安婦の声を聴かないで日韓合意に踏み切ったと批判している。しかし、アイスホッケーについてはそうした「疎通」を完全に無視したわけで、朴政権と変わらない、という声が出てくるもの当然だろう。

 文在寅政権は発足後一貫して北朝鮮の核・ミサイル開発に対する米国など国際社会の厳しい対応に微妙に距離を置き、南北対話の機会を探ってきた。平昌五輪は南北融和を演出する格好の場である。そして女子アイスホッケーを最も使いやすい競技であると考えたのであろう。しかも、登録選手数を他国チームより多くするという横紙破りまでやってしまった。これ以上ないほどの政治利用であり、五輪の本来のあるべき姿を開催国の元首が堂々とゆがめてしまったのである。

 わからないのは、五輪を最大限政治利用する文在寅大統領が今後、北朝鮮問題をどう展開させようとしているのかということだ。南北間で五輪問題は話し合っても核・ミサイル問題はテーブルに乗っていない。五輪を一時的な人気取りに使ったのであれば、大統領の罪深さは計り知れないものになる。

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