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新型肺炎は人災、「習近平に追従」で出世の弊害露呈

JBpress のロゴ JBpress 2020/01/28 19:00 近藤 大介
武漢市の漢口病院で新型肺炎の患者の治療に当たる第二軍医大学の医療チーム(写真:新華社/アフロ) © JBpress 提供 武漢市の漢口病院で新型肺炎の患者の治療に当たる第二軍医大学の医療チーム(写真:新華社/アフロ)

 2012年11月、北京で開かれた第18回中国共産党大会で、習近平副主席が、共産党総書記(14億中国人を指導する9000万共産党員のトップ)に選出された。その際、習近平新総書記は、自身の方針として、「社会主義核心価値観」を打ち出した。これは、「富強、民主、文明、和諧、自由、平等、公正、法治、愛国、敬業、誠信、友善」の12語24文字を今後、中国に根づかせていくというものだった。

 この「社会主義核心価値観」の推進運動の「模範都市」を宣言したのが、湖北省の省都・武漢市と同省の黄石市だった。とりわけ当時の王暁東・湖北省副省長と、周先旺・湖北省商務庁長のコンビが旗振り役だった。

習近平を賛美することで出世した湖北省長と武漢市長

 彼らが行った推進運動とは、一例を挙げると、街の繁華街などに市の居民委員らを動員し、街行く市民に、「習近平新時代の社会主義核心価値観は?」と問いかけるものだった。もし答えられなければ、「社会主義の核心的価値観の模範都市の市民にふさわしくない」としてそのまま身柄を拘束し、近くの「研修所」に引っ張っていく。そこで「12語24文字」を諳んじられるようになって初めて、釈放されるというものだ。

 こうした推進運動は、共産党政権内で高く評価された。2017年8月、中国共産党中央宣伝部と国務院民政部は、全国の地方自治体の末端組織が、「模範都市」武漢に視察に行くことを奨励した。

 また「実績」が評価された王暁東は、2017年7月、湖北省長に昇格。周先旺も2017年3月、湖北省副省長に昇格。2018年9月からは、武漢市長も兼任となった。

 そのような「習近平総書記を賛美すること」しか考えていないような指導者たちのもとで起こったのが、今回の新型コロナウイルス騒動だった。王省長と周市長のコンビは、約1カ月にわたって、新型コロナウイルスの発生を隠蔽し続けた。

武漢市民の怒りに油を注いだ記者会見

 被害が拡大した後、このコンビは、「すでに武漢から逃亡した」という説まで流布したほどだった。それで「旧正月2日」にあたる1月26日夜、二人はようやく記者会見に出てきたのだった。

 会見で王省長は、「わが省は年間、108億枚のマスクを生産しているので、何も問題はない」と胸を張った。だが横の官僚が慌てて、王省長に囁く。「あ、間違った、18億枚だ」と慌てて訂正する王省長。再び横の官僚が慌てて、囁いた。「あ、間違った、108万枚だった」。

 もう一人の周武漢市長は、会見時に、マスクを表裏逆につけていることが発覚。それでも会見が終わると、「今日のオレの出来は80点だったかな」と、意味不明の自己評価を行った。

武漢市民が唖然とした、新型ウイルス肺炎の拡大を受け、1月26日に湖北省が開いた会見の模様(写真:新華社/アフロ) © JBpress 提供 武漢市民が唖然とした、新型ウイルス肺炎の拡大を受け、1月26日に湖北省が開いた会見の模様(写真:新華社/アフロ)

 ともあれ、6000万人の湖北省人及び1100万人の武漢市民は、ほとんど初めて目にした省長と市長の姿に、唖然としたのだった。「こんなアホな奴らが省長と市長だったのか」というわけだ。

 社会主義国の中国では、省長や市長の直接選挙などは実施しておらず、すべては習近平総書記がトップを務める「党中央」が決定する。そのため、省長や市長になる条件は、「いかに現地で行政能力があるか」よりも、「いかに党中央への追従(ごますり)能力があるか」である。

 前任の胡錦濤政権の時にも、そうした傾向がなかったとは言わないが、もう少し地方指導者たちの才能が、百花繚乱の感があった。日本で言うなら、「大正デモクラシー」のような時代だった。

 ところが習近平政権になって、「八項規定」という賄賂禁止令を出し、胡錦濤時代に才能を発揮していた能吏たちに、「汚職幹部」のレッテルを貼って、次々にひっ捕らえていった。習近平政権の最初の5年間で、153万7000人もの幹部が失脚した。

 代わって台頭してきたのが、「能力はそこそこだけど、習近平総書記の指示や講話に絶対忠誠を誓う幹部たち」である。彼らに共通しているのは、「習近平総書記の指示だけは、全身全霊実行するけれども、それ以外のことはやらない」という姿勢である。

 つまり、地元の市民を見ているのではなく、北京の習近平総書記だけを見て仕事しているのである。また、そうした上司のもとで引き立てられる部下たちも、似たような人間だ。結果、金太郎飴のような組織ができ上がる。

削除されてもネットに溢れる「怒りの声」

 話を武漢に戻すと、1100万武漢市民の省長と市長に対する怒りは、日増しに抑えきれなくなってきている。特に、1月26日のアホな会見が、決定的となった。

 インターネットやSNS上には、そんな怒りに満ちた武漢市民の声が上がっては、削除されている。私が見た中で、最も感銘を受けたのは、方方の「微博」(ウエイボー=中国版ツイッター)だった。

 方方は、ノーベル文学賞に最も近い中国人女流作家である。1955年生まれで、武漢で育ち、武漢大学中国文学科を卒業後、湖北テレビの社員を経て作家となった。現在は、湖北省作家協会主席を務めている。

 彼女は、王省長と周市長の会見があった翌27日、新型コロナウイルス騒動に関して、「微博」で非常に長いメッセージを書いた。その中の最後に、次のように綴ったのだ。

<昨日の湖北省の記者会見が、物議を醸している。多くの人が非難しているのを見た。(会見に出た)3人の幹部は疲労困憊で、会見の席でミスを連発した。自分たちでも「混乱している」と説明していた。かわいそうなことだ。彼らも家族は武漢にいるのだろう。彼らの「自責の念」は本物だろう。

 なぜこんなことになってしまったのか。どうしたらよいのか。それは自ずと分かってくるだろう。

 武漢の当局は初期に事態を軽視し、対応が遅れがちだった。また(1月23日に)武漢を封鎖した前後の当局の無為無策ぶりは、すべての一般市民に恐怖と犠牲を与えた。それらはいずれ詳細に書きたい。

 だがいま言いたいのは、湖北省の当局の表現能力は、中国の当局の平均的なレベルの表現能力だということだ。必ずしも湖北省の当局のレベルが他省よりも低いのではないのだ。彼らが悪かったのは、むしろ運気だ。

 いまや当局の人たちは、文書の指示だけに基づいて仕事をし、いったん文書がなくなれば無気力になってしまう。だからもしも仮に、別の省で同様の事態に陥ったら、その省の当局の人たちが、湖北省よりも優れた能力を発揮したとは思えない。

『ファーウェイと米中5G戦争』(近藤大介著、講談社+α新書) © JBpress 提供 『ファーウェイと米中5G戦争』(近藤大介著、講談社+α新書)

 これは、官界で「逆淘汰」(能力のある人ほど淘汰されていく)が行われているという悪しき結果なのだ。空疎な政治、正確に言えば「事実に即して物事を行わない」ことに対する悪しき結果だ。(ネットやSNS上で)官製でないメディアが真相を報道することを禁じるなかれ。われわれは誰もが判断能力を持っているのだから。

 武漢でいま起こっている騒動は、ただ先に起こってしまった場所が大きかったというだけに過ぎないのだ>

 この長い大作家のメッセージは、私が訳した部分のみ、たちまちのうちに削除されてしまった。中国当局には、ネットやSNSの除去と同じくらいのヤル気でもって、コロナウイルスも除去してほしいものだ。

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