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日本にも影響及ぶ朝鮮戦争「終戦宣言」の現実味 トランプ大統領はそのカードを用意している

東洋経済オンライン のロゴ 東洋経済オンライン 2019/02/04 18:00 五味 洋治
北東アジアを激変させるかもしれない(写真:omersukrugoksu/iStock) © 東洋経済オンライン 北東アジアを激変させるかもしれない(写真:omersukrugoksu/iStock)

「朝鮮戦争を終わらせる」

 思わず目を疑った。今月下旬に予定されている2回目の米朝首脳会談を前に、アメリカのドナルド・トランプ大統領が、朝鮮戦争を終わらせる用意があると語ったというのだ。

 この発言を紹介したのは、スティーブン・ビーガン北朝鮮政策特別代表だ。現在、北朝鮮との交渉窓口となっている。

 1月31日、米西海岸の名門スタンフォード大学で講演し、「トランプ大統領は、この戦争を終わらせる準備ができている。それは終わった。終結した」と言及した。さらにアメリカが北朝鮮を侵略したり、政権転覆を試みたりすることはないと強調したという。

 北東アジアの安保地図を激変させる重大発言である。

 念のため、米CNNの記事を読むと

 「President Trump is ready to end this war. It is over, it is done. We are not going to invade North Korea. We are not seeking to topple the North Korean regime」

 とある。やはり、間違いなく朝鮮戦争を終わらせる用意があると語っているのだ。

 ビーガン氏は、今の職に就く前にはフォード・モーター副社長だった。いわば、朝鮮半島の素人。トランプ大統領もとても専門家とは言えない。だからこそ、アメリカに多大な緊張と財政的負担をかけ、休戦のまま続いてきた朝鮮戦争に「終戦宣言」を出して、決着をつけることに前向きなのだろう。

 もちろん、終戦宣言までには条件がある。ビーガン氏は、同じ講演の中で非核化をめぐる外交努力が再び停滞した場合には「不測の事態への対応策」の用意があるとも話している。もしも、北朝鮮が核開発施設の査察、破壊などに大胆に応じれば、見返りとして「終戦宣言」を用意しているのだろう。

 1950年、北朝鮮の突然の南侵で始まった戦争は1953年7月まで朝鮮半島全土で繰り広げられた。死者は、双方で500万人近くに達したと言われる。

 太平洋戦争での日本の軍人・軍属の戦没者は230万人とされているので、どれだけ大きな被害だったかがわかる。

 1953年に休戦となった後、アメリカは韓国と米韓相互防衛条約を結び、在韓アメリカ軍の駐留を続けている。この条約の中には、韓国が北朝鮮を含む第三国から攻撃された際に自動介入する条項は明記されていない。その代わり北朝鮮との最前線であるDMZ(軍事休戦ライン)近くに、アメリカ軍の精鋭部隊が配置されてきた。

 万が一、南北で軍事衝突が起きた場合、このアメリカ軍部隊も巻き込まれるため、「トリップ・ワイヤ(導火線)」の役割を果たし、戦闘に参加せざるをえない仕組みだ。

 アメリカ軍は地球規模での再配置、効率化を進めてきたが、在韓アメリカ軍は事実上、朝鮮半島に張り付け状態になっていた。トランプ大統領は、この状態に強い不満があるようだ。

 トランプ政権の内幕を暴いた『FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実』(ボブ・ウッドワード著、伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社)にこんなシーンが描かれている。

 韓国に米兵を駐留させるためにアメリカが35億ドルも支払っているとして、トランプ大統領が「駐留させている理由がわからない、全部こっちへ呼び戻せ!」と、部下に怒鳴るシーンだ。

 在韓アメリカ軍は経費がかかるだけで、十分な成果を挙げていないというのは、トランプ大統領の強い信念なのだ。正式な戦争終結には、関係国による「平和協定」締結が必要で、時間はかかる。

 しかし、いったんアメリカが終戦を宣言すれば、在韓アメリカ軍の駐留理由は弱くなり、規模は現在の2万8500人から縮小されていくだろう。

防衛費分担金で米韓摩擦

 終戦宣言が出されるのではないかとの見方は、昨年6月の米朝首脳会談前にも盛んに出された。

 首脳会談後の会見でトランプ大統領は、「今では、われわれは皆、すぐにこの戦争が終わると期待しています。すぐに終わるでしょう」と語っている。このときは、非核化の手順をめぐる対立から、終戦問題は立ち消えになっているが、今年は、現実味がある。いや、米朝は次回の会談で終戦を宣言する可能性が高いと私は見ている。

 いくつかの理由があるが、その1つは2019年以降の米韓の防衛費分担金を決める協議が難航していることだ。

 これは、日本で言う「思いやり予算」に当たる。在韓アメリカ軍基地内で働く韓国人の雇用費用や施設の建設費などを負担する。

 5年に1回の見直しとなった昨年の協議はもめにもめ、いまだに決着していない。アメリカ側が、韓国の昨年負担した約9600億ウォン(約960億円)を、約1兆3000億ウォン(約1270億円)へと大幅に引き上げることを要求したからだ。これに文在寅大統領の支持基盤である市民団体が反発し、文政権を後押ししている。

 加えて、南北間の軍事緊張の緩和もある。南北は昨年9月、南北間の敵対行為中止などを盛り込んだ軍事分野合意書を締結し、DMZにある監視所の撤去、地雷の除去など実施してきた。南北間では事実上、終戦が実現したとみる向きもある。こういった和解ムードを利用して北朝鮮は、韓国の協力を得ながら経済発展を狙っているようだ。

 朝鮮半島への中国の影響力拡大もいっそう進んでいる。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、1月上旬に中国を訪問し、習近平国家主席の訪朝を要請した。習主席は4月ごろに訪朝し、その後、間を置かずに、韓国を訪問するとみられている。経済をテコにして、よりいっそう南北朝鮮との関係強化を図るだろう。

 最新鋭の装備を持った在韓アメリカ軍の縮小は、中国、北朝鮮とも望むところだ。歴代の米政権は、朝鮮半島での中国の動きに神経を尖らせてきたが、ビジネスライクのトランプ大統領は中国との経済摩擦には敏感でも、朝鮮半島での影響力拡大には頓着していないようだ。

日本は第2の韓国に?

 朝鮮戦争の終戦で、最も影響を受けるのは、実は日本かもしれない。朝鮮半島が軍事的緊張の最前線になっているおかげで、日本は比較的安全な環境でいられた。それだけに朝鮮半島の情勢には、つねに気を配ってきた。

 例えば昭和天皇は、朝鮮戦争の休戦ムードが広がっていた1953年4月20日に、こう語っている。

 「朝鮮戦争の休戦や国際的な緊張緩和が、日本におけるアメリカ軍のプレゼンスにかかわる日本人の世論にどのような影響をもたらすか憂慮している」

 「日本の一部からは、日本の領土からアメリカ軍の撤退を求める圧力が高まるであろうが、こうしたことは不幸なことであり、日本の安全保障にとってアメリカ軍が引き続き駐留することは絶対に必要なものと確信している」(いずれも『昭和天皇の戦後日本〈憲法・安保体制〉にいたる道』豊下楢彦著、岩波書店)

 隣の国の分断と対立が終われば、日本に不都合な事態が起きるという不安心理は、当時も今も、日本人の中に根強くある。

 朝鮮戦争は、海から上陸して戦うため、「殴り込み部隊」と呼ばれる米海兵隊の戦争でもあった。不利な戦況を逆転に導いた仁川上陸作戦は、海兵隊が最後に行った大規模な上陸作戦だった。また、その後38度線を突破して、北朝鮮側に深く侵攻したのも海兵隊だった。

 沖縄に海兵隊が配置されているのも、このときの功績が評価されたものと言えるだろう。しかし、休戦状態から終戦となれば、まずは沖縄に駐屯する海兵隊基地の縮小を求める声が高まるのは間違いない。

 日本政府が負担するアメリカ軍駐留費(思いやり予算)の見直しを求める運動も広がるかもしれない。韓国では、日本よりもはるかに激しい反アメリカ軍基地闘争が繰り広げられてきたが、日本が、今後「第2の韓国化」する可能性もある。当初混乱は起きるだろうが、悪いことだとは言えない。戦後、日本政府が続けてきたアメリカ依存の外交、安保体制の見直しを図る機会にもなるだろう。

 米朝間で終戦が実現すれば、次のステップは、経済制裁の緩和、相互の連絡事務所開設、国交正常化だ。アメリカと中国との間でも、こういう道をたどっている。拉致、核、ミサイルの解決を掲げる日本政府も、否応なく北朝鮮との関係改善を迫られるだろう。

 日本では2回目の米朝首脳会談について、結局何も動かない、北朝鮮は結局核を放棄せず、交渉は失敗するとの見方が多いものの、トランプ大統領が持ち出す「終戦カード」には、最大限の注意を払うべきだろう。

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