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「スケボー→スノボーは“茨の道”以上」 平野歩夢は半年後の北京五輪で金メダルを獲れるか?<現在の世界王者は20歳戸塚優斗>――2021 BEST5

Number Web のロゴ Number Web 2021/12/29 06:00 野上大介
半年後に迫る北京五輪で“悲願の金メダル”を目指す平野歩夢。誰も挑戦しなかった“二刀流ライダー”の挑戦は続いている © Number Web 提供 半年後に迫る北京五輪で“悲願の金メダル”を目指す平野歩夢。誰も挑戦しなかった“二刀流ライダー”の挑戦は続いている 2021年、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。五輪部門の第5位は、こちら!(初公開日 2021年8月17日/肩書などはすべて当時)。

 8月5日に行われた東京五輪スケートボード・パークに出場した平野歩夢は予選14位と、8名の枠が用意された決勝に駒を進めることができなかった。それでも本業であるスノーボードを彷彿とさせる高いエアを決めるなど素晴らしい滑りを披露し、多くの人々の心を動かした。

「終わっても終わってないみたいな挑戦の流れですね」

 前人未踏の二刀流ライダーとしての挑戦について、大会直後にこう語った平野。自身のスコアを塗り替えるため“ゴン攻め”した3本目のランで転倒した瞬間、半年後に控えている北京五輪に向かうゲートが完全に開いた。ただ、スノーボード・ハーフパイプで悲願の金メダルを目指す道は、東京五輪の1年延期によって“茨の道”どころの話ではなくなっている。

3年前の平昌五輪で見せた“最高難易度のラン”

 ソチ五輪に続き平昌五輪で2大会連続となる銀メダルを獲得した平野のランは、当時のハーフパイプ最高難度だったと断言できる。ダブルコーク1440(縦2回転と横4回転を同時に行う技)とダブルコーク1260(縦2回転と横3回転半を同時に行う技)をそれぞれ左右の壁で連続して決め、なおかつそれらを4連続とした。

 対する金メダリストのショーン・ホワイトのランは、それぞれの連続技の間に540(横1回転半)を入れて“呼吸”を整える演技構成だった。バックサイド(進行方向に対して背中側)の壁で行うダブルコーク1260の代わりに、より縦方向への回転軸が強いダブルマックツイストを組み込んでおりトリック(技)の違いはあったものの、縦2回転・横3回転半という回転数に変わりはない。

「1440とか1260のスピンになってくると息継ぎしている時間もない」と平野はこれらの大技について説明してくれたことがあるのだが、この言葉を踏まえれば理解が深まるのではないだろうか。

平昌で緊急搬送…平野を追う19歳が急成長

 このように圧倒的な実力を誇っていた金銀メダリストの両名がスケートボードに乗り替えて東京五輪挑戦を表明してから2シーズン(その後、ショーン・ホワイトは挑戦を断念)、平昌五輪銅メダリストのスコッティ・ジェームスがハーフパイプ界の王者に君臨。その2番手には、当時16歳で挑んだ同五輪決勝で担架で搬送されるほど激しく転倒し途中棄権となった戸塚優斗がつける格好だった。

 それでもこの時点では、平昌五輪での平野とホワイトの争いを超える領域には至っていなかった。

 しかし北京五輪のプレシーズンとなる2020-21シーズン、戸塚が化けた。コロナ禍の影響で大会の数は減ってしまったが、「X GAMES」「FIS世界選手権」、そしてW杯2戦の全4戦で優勝。2019-20シーズンの最終戦となった伝統の一戦「US OPEN」から数えれば5連勝。王者ジェームスの牙城を崩したのだ。

 戸塚の武器は、平野同様に高さのあるエアと、回転軸が複雑な高回転トリックの引き出しの多さにある。平野とホワイトが不在の3シーズンで、世界トップレベルの基軸として新たに、ジェームスの専売特許だったスイッチバックサイド(通常のスタンスとは反対向きから背中側へ回す)ダブルコーク1260が加わり、さらに戸塚はそれだけでなくキャブ(通常のスタンスとは反対向きから腹側へ回す)ダブルコーク1260も完璧に操れるまでに成長。加えて、優勝を飾った「X GAMES」では自身のベストランとは別に、平昌五輪で平野が決めた同ルーティンを成功させた。

わずか半年の調整で臨んだ全日本選手権

 スケートボードの東京五輪日本代表選考の最終予選に位置づけられる国際大会「DEW TOUR」が5月に開催されたのだが、その1カ月ほど前、平野はスノーボードに乗り北海道・札幌の地で宙を舞っていた。北京五輪に出場するにはW杯への派遣資格を得るために全日本スキー連盟の強化指定選手に選ばれる必要があり、その選考会である全日本選手権に出場しなければならなかったからだ。その準備として昨秋スイスに渡り、一時的にスケートボードを休止して雪上復帰を果たしていた。

 2年半以上のブランクがあり、わずか半年足らずの調整期間で挑んだ全日本選手権は、世界王者の戸塚に次いで2位。結果はさることながら、その中身に驚かされた。

 例年よりも融雪が早いうえに4月中旬だったため、ハーフパイプのコンディションはベストからはほど遠く、大技を繰り出すには厳しい状況だった。そうした中で、フロントサイド・ダブルコーク1260と1440の着地で大きくバランスを崩すも、減速させることなく次のヒットにしっかりとつなげ、ラストヒットに放ったバックサイド900(横2回転半)はハーフパイプのボトム(底)側に大きく弾かれてしまい万事休すかと思いきや、リカバリーで雪面に手をつくことなく成功させたのだ。語弊を恐れずに言えば、平野以外のスノーボーダーであれば間違いなく転倒していただろう。

スケボーの2年半で鍛えられた貴重なスキル

「スケートボードの場合はちょっとしたズレによって(ボードに)乗る位置も変わってくるし、膝の曲げ方などが(スノーボードとは)全然違うから、そういう意味ではこれまでのスノーボードの滑りよりも、さらにいろいろな状態で乗れるようになっています。たとえば、前(進行方向)に詰まったとしても調節できるというか」

 スノーボードのメリットとして、足がボードに固定されているからこそ高く飛べ、多く回すことができる。反対にデメリットとしては、スケートボードやサーフィンのようにフットポジション(ボード上に置く足の位置)を変えることができないため、滑りの状況に応じて適した位置に乗ることができない。

 足が板に固定されたスノーボードに乗り続けていても絶対に体得できない、足首から上体にかけての動きがスケートボードに集中した2年半で磨かれたということだ。だからこそ、先述のフロントサイド・ダブルコーク1260と1440の着地に耐えられただけでなく、スケートボードを通じて研ぎ澄まされた“踏み”により加速させて次のヒットでも高く飛ぶことができた。

「パーク種目はプッシュ(前足をボードに乗せて後ろ足で地面を蹴って漕ぐ動作)ができないから、ノープッシュで最後まで(減速させずに)滑りきらないといけない。踏む位置だったり踏むタイミングはパークによっても変わるし、ラインひとつで決まるようなところもあるんです。スケートボードのほうが比にならないほど難しい」

 ブランコを立ち漕ぎするときの膝の動きを想像してほしい。それを横方向に行うパンピングと呼ばれる動作のことを平野は言っている。

“悲願の金メダル”なるか?

 ただ北京五輪で金メダルを獲得するためには、まだ彼が持っていない新たなる“大技”が必要だ。これまで習得してきたトリックには、数年間かかったものもある。容易なことではない。

「リスクが高い技に挑戦するときもそうだし、新しい技を習得するのは時間がかかることだから、その一歩目を踏み出す勇気も必要だし、そういうことに対してどうやって向き合っていけばいいのかっていう……」

 平昌五輪前、このように胸中を吐露していたことがあるのだが、わずか半年足らずで完璧に仕上げるために、スケートボードで培われた大技の礎となる基礎力が大いに役立つことだろう。

 さらに、平野が強くなったのは技術面だけではない。

「オリンピックを目指し始めた頃の自分を思い出せました」

「(スノーボーダーとして)戦う場を離れて(スケートボーダーとして)チャレンジャーになって、そこでの戦いを通じて雪山に戻ったときに、小さい頃の自分を思い出せるというか。本当に初心になれたんです。残された時間は短いけど、今スノーボードをやっている人たちを追い越すだけというか、追う立場になれたときのほうが気持ちもラクで。これまでは抜かれないようにすることしか考えられなかったけど、スケートボードに挑戦したことによって、最初にオリンピックを目指し始めた頃の自分を思い出せました」

 スノーボーダーとして「大会でワクワクするような感覚はない」と常にプレッシャーを感じ、出走前も出走後も決して表情を緩めない。しかし、東京五輪を終えた直後の平野は満面の笑みを浮かべていた。

「半年でどこまでやれるのかっていう、これもまた挑戦」

 茨どころではない険しすぎる道を掻き分け、夢に向かう歩みはこれからも続く。東京五輪を終えてSNSに投稿された彼の言葉に、そのすべてが凝縮されていた。

「最近こんな事を思う。人は色んな負荷がかかればかかるほど、身軽になるんじゃないかって」

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