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鳥取一の進学校・米子東をセンバツに導いた「超合理的思考法」とは

文春オンライン のロゴ 文春オンライン 2019/01/25 15:35 山崎 ダイ

 91回目を数えるセンバツ甲子園の出場校が発表された。

 ファンの間でも人気のある星稜(石川)や履正社(大阪)といったおなじみの高校や、激戦の関東地区を制した桐蔭学園(神奈川)など実力校が順当に選出される中で、ひとつ目を引いた高校がある。

 中四国地区代表の鳥取県立米子東高校だ。

ベンチ入りメンバーわずか16人の進学校

 米子東は毎年100人以上が東大、京大をはじめとする国公立大学へ進学する鳥取一の進学校。もちろんスポーツ推薦制度もない。

 こういった進学校のセンバツ大会への出場というと、21世紀枠での出場も多いのだが、今回の米子東は昨秋の大会で倉敷商業(岡山)や開星(島根)といった甲子園常連の実力校を撃破し中国大会準優勝を収め、正真正銘実力での選出となった。

 しかも今回のチームのベンチ入りメンバーはわずか16人。特別な練習施設があるわけでもなく、全体練習の時間は平均1日3時間程度。練習環境は多くの地方公立校と変わらない。ではなぜ米子東はセンバツ出場という成果を出すことができたのだろうか?

昨秋の中国大会準優勝し、センバツ出場を決めた米子東。野球部員はわずか16人 © 文春オンライン 昨秋の中国大会準優勝し、センバツ出場を決めた米子東。野球部員はわずか16人

『捨てる勇気』を説く紙本監督

 大きな理由のひとつが、5年前からチームを率いる紙本庸由監督の存在だ。

「夏の大会後にチームに言い続けてきたのが、『何かを捨てる勇気を持とう』ということでした。同じ時間を使うならば、それをいかに効率的に使うのか。『何かをする』ということは、イコール『何かをしない』ということと同意だと生徒には言っているんです。ある時間で『野球をする』ということは、その時は『野球以外のことはしない』ということですよね。いま『何をすべきか』ということはよく言われるんですけど、『何をすべきでないか』の方が大事なんだと思うんです。いま『何をすべきでないか』という発想を持っていれば、野球の試合の中でもそういう思考でいられるんじゃないかと。するべきこととするべきでないことを明確にするということ、それがすべてなんじゃないかと思います」

 紙本は米子東高校OBで鳥取大学出身の37歳。現在は同校で体育教諭を務めている。大学まで硬式野球を続けていたものの「神宮なんて夢のまた夢」のレベルで「実績はなにもない」のだという。

「将来監督になった時に必要な下準備は何だろう」

 それでも、当時からいずれは野球部を率いて日本一になりたいという想いは抱いていた。そんな中で、大学卒業後に様々な高校でコーチをする機会があり、それが現在の指導の原体験になっているという。

「いきなり監督を任されると、やっぱり『強いチームの監督に話を聞こう』という発想になりがちだとは思うんです。でも、僕の場合はなかなか教員採用試験に受からなくて、講師をやりながらいろんな学校でコーチをやる期間が長かった。なので、その頃から『将来監督になった時に必要な下準備は何だろう』と考えて、まずは体のことを知るためにスポーツトレーナーの資格を取ろうとか、栄養の勉強をするために栄養士の方々と一緒に勉強会に参加させてもらおうとか、強化のための細かな要素から考える形になりました。強くなるための課題を細分化して、それをひとつずつ潰していく。今にして思えばその発想がすごくプラスになっていますね」

 やるべきこととそうでないことを区別し、限られた時間をいかに有効的に使っていくか。紙本の超合理的な指導論の土台は、コーチ時代に培われていった。

文武『両道』ではなく、文武『不岐』なんだ

 文武両道の学校らしい、スマートな指導法ですね――話を聞いてそんな感想を漏らすと、紙本は少し困ったように苦笑した。

「僕、文武両道という言葉がよくわからないんですよ。文武両道というのは、部活と学校の勉強は別物だという前提があるから『両道』という話になるわけですよね。でも、学校の目的ってテストで点を取るだけじゃない『学力』を身に着けることでしょう。その手段として部活があるんだと思うんです。国語、数学、社会とかの科目も、野球部での活動も、全部横並びで、等しく学力を養う手段に過ぎないと思うんです」

 野球部での部活動も学校の勉強もあくまで同じフィールドの一科目にすぎない。紙本はそう考えているのだという。

「だから僕は生徒に『文武は不岐だ』と言っているんです。文武『両道』じゃなくて文武『不岐』なんだと。要は学校の勉強を頑張ることが野球が強くなることにつながっていて、野球や甲子園で勝つために毎日頑張ることが、みんなの受験に活きるんだということですね。野球のためのトレーニングが最終的にはテストの点にもつながるんだと、そういう話をしています。大学入試でいい点を取ることと、部活に打ち込むことは、別に相反することではないでしょう」

 

24時間=1440分を使いきる人になろう

 こうした考え方自体は、多くの指導者も語っている。だが、紙本が特異なのは、その思考をしっかりと方法論に落とし込んでいるところだ。

 そこに野球部躍進の理由も見えてくる。

 ポイントは〝行動の習慣化〟だ。

「部活で言っているのは『24時間を使いきる人になろう』ということです。24時間は分で言うと1440分なんですけど、これを無駄なく使い切れるようにしようと。例えば毎日1440円を朝に受け取れて『使い切れなかったらゼロになります』と言われたら、すごく大事に使うと思うし、10円玉を落としたら拾うと思うんですよ。でも、人って10分をすぐに無駄にするんです。10円をかき集めたらすぐにジュースくらい買えるわけで、10分をかき集めたら結構なことができるはずなんです。でも人はなかなかそれができない。じゃあ、どうしたらできるようになるのか。大事なのは『習慣形成』なんです。要は習慣になっていないことをしようとするから苦痛を伴う。勉強や野球の練習を『やることが普通』の状況にもっていきたいんです」

「甲子園に行きたい!」ではなく「甲子園に行ったらどんないいことがあるの?」

 言葉で言うのは簡単だが、染みついた習慣を変えるということは非常に難しい。とかく人間は何事においても楽な方に流れがちだからだ。だが、順を追ってひとつずつハードルを越えて行くことで、すこしずつ変化がでてくるのだという。

「習慣形成をするためにまずやらないといけないことは『目標設定』なんです。ウチで生徒が目標設定をするときは『達成しているところが映像でイメージできる』ように設定するように言っています。映像で考えるには期日と場所が入っていないといけないので、目標の大会等があれば期日を調べるし、場所のイメージができない場合は『1回行ってみてごらん』と言っています。今はグーグルで画像も出て来るので、それでもいいですし」

 目標設定ができたら、次に必要なのが『目的の確認』なのだという。

「目的ってどういうことかというと、人は目標自体が欲しいわけではなくて、それが達成された時に得られる何かが欲しいわけですよね。感情とか、対価とか。『甲子園に行きたい!』という目標でも、甲子園に行くこと自体が目的ではなくて、甲子園に行ったときに得られる何かが欲しいわけです。なぜ自分はその目標を達成したいのかということを明確にするんですね。その目標を達成したら自分や他者、社会にどんないい影響があるのかということを理解する。これが明確になると、とにかく目標に向かう行動が加速するんです。ただ『甲子園に行きたいです』じゃなくて『じゃあ甲子園に出場したらどんないいことがあるの?』と考える。長くやっていればモチベーションが下がるときはどうしてもある。そういう時はこの目的に立ち返って、頑張る理由を再確認するんです。野球部では自分軸と他者社会軸、有形軸と無形軸という4つに分けて考えています。例えば他者の無形というカテゴリは、親が感動してくれるとか、学校全体が喜んでくれるとか、そういうことですね。それをどんどん表に書きこんでいく。ウチの選手だと40個とか作っています」

『ダラダラする』時間込みでタイムマネジメント

 こういった大きな枠組みができてくることで、学生の頭の中でやるべき行動が細分化され、クリアになっていく。

「ここまで来るとどんな目標を達成したくて、どんなことを成し遂げたいのかが見えてきて、1日のルーティーンを考えることができるわけです。例えば『目標達成にはパワーが足りないから朝、自主練で筋トレをする。その後、教室に上がったら英単語勉強をする』とかですね。『授業の合間の10分休憩は英単語を勉強する』『家に帰ったら○○をやる』みたいなものを5W1Hで全部紙に書きだしてスケジュールを考えるわけです」

 ただ、高校に入って来たばかりの生徒にいきなり部活も勉強もバリバリやるようなルーティーンを組ませても、当然実行は無理なのだそうだ。

「だから最初は『積極的にダラダラしてね』と言っています。時間が空いたからダラダラするんじゃなくて、タイムマネジメントの中にダラダラすることを入れる。スマホを使うとか、ダラダラすることとか、そういうことも積極的に時間を決めて習慣にしてくんです。毎日書く生徒のタイムマネジメント表を見ると、ダラダラっていっぱい書いてありますよ(笑)。ウチだとエースが1番多いですね。そのルーティーンを決めると、実際に自分で毎日のタイムマネジメントをし始めます。授業の合間も休憩時間が来て『休憩時間はなにをしよう』と考えるのと『今日の休憩時間はコレをやろう』と予め決めているのとでは全然違うんです」

土日の全体練習は朝10時半には終わりますよ(笑)

 何事においても事前に準備をしておくことが、紙本の考えだ。

「今まで言ったことって基本的には勉強に活きることですよね。授業の間の空いた時間に勉強するとか。でも、このスケジューリングを習慣にしておくと、野球も強くなるんです。自分に打席が巡ってきて『この打席、どうしよう』という発想じゃなくて『次の打席はこうしよう』と思える。これも1つの習慣だと思うんですよね。思考の習慣。人って結構、無意識に考えていることが多い。無意識に先のことを考える、マネジメントをするということにつながる。これがさっき言った『文武不岐』ということなんじゃないかと。野球のことでもこうやって目標設定させると、本当に効果絶大ですから」

 こうしてルーティーンができ、目標に向けた努力が習慣化すると、学生たちは凄まじい力を発揮するのだという。

「ここまで来ると生徒は勝手にいろんなことをはじめます。だからこっちはもう、ブレーキだけですね。練習しすぎはダメだというくらいで。とにかく食事、休養は練習より大事だよと言い続けていますね。ウチにある唯一の決まりは『睡眠時間を7時間以上取ること』ということだけです。そうしないと夜遅くまで練習したり、勝手に朝練し始めたりしちゃうんで……グラウンドが使えない日は、ひたすらはやく練習を終わります。最低限のトレーニングだけして、土日だと8時から全体練習をはじめて10時半とかに終わりますよ(笑)。でも結局、夕方まで彼らは自主練習するんです。残りの時間をどう使うかは自分でマネジメントしろよと。エースの森下(祐樹/2年)なんかはそこでダラダラするのが多いんですけど、そういう力の抜き方も上手だと思いますよ。だから監督は練習が終わったらすぐに帰ります。僕らが見ていると『監督が見ているからもうちょっと残ろうかな』みたいな外発的な動機になっちゃうので、とにかく早く姿を消します(笑)」

「野球はまだまだ科学的に突き詰められるんです」

 紙本の話を聞いていると、野球監督というよりも、若手のビジネスマンと話しているような印象だ。高校野球という伝統が重みをもつ競技だからこそ、それがとても新鮮に感じられた。

 日本全国から選手が集まり、プロ野球選手の予備軍のような私立高校もあるのが、現在の高校野球の現実でもある。

 それでも紙本は、米子東のような地方の公立校でも、十分に戦えると語る。

「この前、ある大学の先生が言っていたんですが、野球って非常に未成熟なスポーツなんだそうです。例えば陸上の100mなんかは1000分の1秒を削り出すために科学的にいろんなことが分かってしまっている。そうなると、どうしても最後は生まれ持ったものが必要になってきます。でも、野球はまだまだ科学的に突き詰める要素がいくらでもある。だからこそ、ウチの様な地方の公立校でもいくらでもやりようはあると思います。

 例えばいま、ウチの部員は16名です。でも、その少なさこそが1番のウチのストロングポイントだと思います。短時間でたくさん練習できますし、中には中学校でレギュラーじゃなかった子だっているわけです。でも、そいつが本気でセンバツのレギュラーになろうと思っている。だって、16人ですから。誰1人としてぶら下がっている選手がいないんです。これはチームとしてデカいですよ。みんなが本気なんです」

 自分で必要なものを見定め、自らで日々の練習をマネジメントしていく――そんな日常を続けることで、選手には狙い球を絞る習慣ができた。無理なものは無理と割り切る。そんな思い切りの良さもあり、中国大会では勝った全試合が2点差以内という僅差の勝負で圧巻の粘り強さを見せた。

 その快進撃はどこまで続くのか。

 米子東高校がセンバツで見せる戦いが、楽しみになってきた。

写真提供=米子東高校

(山崎 ダイ)

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