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IOCバッハ会長(67歳)とは何者なのか? 「ぼったくり男爵」にただ1人クーデターを仕掛けた男の“悲しい末路”

Number Web のロゴ Number Web 2021/07/08 11:05 田村崇仁
IOCのトーマス・バッハ会長(67歳)とは何者なのか? © Number Web 提供 IOCのトーマス・バッハ会長(67歳)とは何者なのか?

「君の目は右が野球ボールで、左がソフトボールに見えるな」

 7月23日開幕の東京五輪で開催国枠の追加競技として採用される野球・ソフトボールの質問を繰り返すと、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長(ドイツ)に冗談交じりでよくかわされたものだ。

 東京が五輪開催都市に決まった2013年9月のIOC総会(ブエノスアイレス)で第9代会長に選出され、船出の就任会見で打ち出したのが周囲をあっと驚かせる五輪実施競技の改革だった。若者のスポーツ離れや伝統に縛られた五輪ブランドへの危機感を理由に、競技数の上限を撤廃し、開催都市が追加競技を提案できる権利を認めた画期的な新方式は、野球・ソフトボールや日本発祥の空手、若者人気が高いスケートボード、スポーツクライミング、サーフィンの5競技の採用につながった。

 最近は「ぼったくり男爵」と米有力紙ワシントン・ポストで揶揄され、相次ぐトラブルで「逆風」の東京五輪とIOCへの批判が強まるばかりの世論に頭を悩ませているが、新型コロナウイルス禍による自粛期間中はフィットネスバイクなどで体を動かしてシェイプアップにも成功。約160億円をかけて2年前に改修したスイス・ローザンヌのきらびやかな新本部「五輪ハウス」は「ガラス張りの外観がIOCの透明性を示す」と胸を張る。石原慎太郎元都知事が「魑魅魍魎の世界」と表現したIOCを束ね、巨大利権がうごめく「平和の祭典」を主催するリーダーの政治力は揺るぎない。

クーデターを起こした男

 この「バッハ改革」に唯一反旗を翻したのが国際柔道連盟会長のマリウス・ビゼール氏(オーストリア)だった。15年4月、非五輪競技を含めた世界最大級の国際スポーツ会議「スポーツアコード」がロシアのソチで開かれ、バッハ会長が推進する改革を「時代遅れで公平性がなく不透明」と痛烈に批判したのだ。国際柔道界では「剛腕の改革派」として知られ、スポーツアコード会長でもあった人物のクーデター。開催都市が追加競技を提案できる新手法も「既存の五輪競技を不安定にする」と切り捨て、対立構図が鮮明になった。

 しかし五輪に対抗し、複数の世界選手権を合同で開く構想や五輪の賞金制度導入など20項目の新改革を打ち出した「ビゼールの乱」はあっさり鎮圧されてしまう。

 その場にいたバッハ会長は眉間にしわを寄せ、一瞬気色ばんだものの「その意見はあなただけのものだ。五輪改革は長期間、対話を重ねて進めている」と反論。そこからの水面下の動きはあっという間で、IOCに忠誠を誓う競技団体のスポーツアコード脱退が相次ぐ事態に発展し、目論見が外れたビゼール氏は辞任に追い込まれた。

「あの一件で誰もが『バッハ帝国』の強靱さを思い知った。IOCを敵に回したら五輪入りを目指す競技団体は特に弱体化するだけだとね」

 世界空手連盟のアントニオ・エスピノス会長(スペイン)は肩をすくめて解説したが、反対勢力を素早い根回しで封じ込んだバッハ会長の人心掌握術はこれを機にさらに加速していく。

“中流家庭”出身のバッハが「五輪貴族」になるまで

「五輪貴族」。近代五輪の創設者クーベルタン男爵がフランスの貴族出身だったことからそう呼ばれるIOC委員の顔触れは王室・王族関係者や政治家、弁護士、元アスリートなど多彩だ。

 ドイツ中部ビュルツブルクで織物店を営む中流家庭で生まれたバッハ氏は「貴族」ではないが、1976年モントリオール五輪のフェンシング男子フルーレ団体金メダリストの肩書を持つ。引退後に英語、フランス語、スペイン語を巧みに操る弁護士としてIOCを実務面で長年支えた経験と、アディダスやドイツ電機大手シーメンスで学んだビジネス感覚、アラブ・ドイツ商工会議所会頭時代に築いた人脈の強みがある。6人が立候補した8年前の会長選は「キングメーカー」と呼ばれたクウェートの王族、シェイク・アハマド委員の支持を得てアジアやアフリカ票を固める周到な戦略で前評判通りの圧勝だった。

 21年3月のIOC総会。対抗馬不在の改選でバッハ氏が賛成93、反対1の圧倒的な信任票を得て「無風」で再選されると、1期目8年の功績をたたえる祝福と称賛の嵐が各国委員から延々と約1時間続いた。苦言や異論は一切出ず、専制国家の君主のような雰囲気に包まれた「バッハ氏1強」の時代。一方でロシアの国ぐるみのドーピング隠蔽問題では弱腰の対応に「制裁が緩すぎた」との批判が根強く、リオデジャネイロ、東京両五輪の招致疑惑など相次ぐスキャンダルがあり、中国政府による人権問題で22年北京冬季五輪のボイコットを呼び掛ける動きも欧米で広がる。現在102人の委員のうち半分以上がバッハ会長就任以降に世代交代した面々で「独裁色」を強める歩みはどこか危うさもはらむ。

「(IOC内に)反対できる人はいない」

 「近代五輪の父」がピエール・ド・クーベルタン男爵なら、プロ化と商業主義の扉を開いた現代五輪の先導役が元IOC会長のファン・アントニオ・サマランチ(スペイン)だった。IOCの錬金術を軌道に乗せ、その威光が絶大だった時代に、20代の若さでIOC選手委員となったバッハ会長はサマランチを「師」と慕う。

「反対の人は挙手を!」。バッハ会長が総会で重要な議決を諮るとき、笑みを振りまきながら鋭いにらみを利かせて賛否を問う手法はまさに「サマランチ流」だ。今、歯に衣着せぬ発言で忖度なしに異論を唱えられるのは最古参の「ご意見番」、79歳のディック・パウンド委員(カナダ)ぐらい。電子投票でなく挙手で採決する古典的な方式に、IOC委員の1人は「無記名投票ならともかく、面と向かって反対できる人はいない」と打ち明けた。

 日本の情報を集約するパイプ役は国際体操連盟(FIG)会長の渡辺守成委員。脇を固める要職には競泳五輪金メダリストのカースティ・コベントリー選手委員長(ジンバブエ)ら信頼を置く女性の登用も目立ち、15人の理事中5人が女性だ。

 最近「バッハ色」が顕著に出た例は32年夏季五輪の開催地選考だろう。会長が自ら五輪改革で新設した「将来開催地委員会」でオーストラリアのブリスベンを選び、開催11年前という異例の早さで事実上の“一本釣り”をした。同じ弁護士資格を持つIOC副会長の側近で、東京五輪のジョン・コーツ調整委員長(オーストラリア)との蜜月があるとの見方もささやかれる。にもかかわらず、選考の透明性を疑問視する不満が内部から表立って上がらないのは、実権を掌握していることの裏返しでもある。

年俸は約3000万円、5つ星ホテルに住む日々

 サッカーに熱中した少年時代、毎日擦り傷が絶えないバッハ少年に手を焼いた両親の勧めでスポーツクラブに入り、6歳でフェンシングと出合った。当時は「サッカーがやりたくて泣いて拒んだ」と笑うが、小柄ながらカウンター攻撃を得意技として五輪金メダリストになった「剣士」は、国連を上回る206カ国・地域が加盟するスポーツ組織を束ねるトップにまで上り詰めた。

 人生の転機は東西冷戦下で米国や日本など西側諸国がボイコットした1980年モスクワ五輪にある。バッハ氏は当事、西ドイツの選手委員長として公開討論会で五輪参加を訴えたが、夢を絶たれ「政治に対するスポーツ界の無力さを痛感した。次の世代にこの屈辱を味わわせたくないと思ったのが私の出発点」と語る。

 IOCと五輪を長年研究するローザンヌ大のジャン・ルー・シャプレ名誉教授による人物評は「気さくな親分肌で改革の達人」。昔から雄弁家で仲間内では「教授」の愛称で呼ばれる。IOCの公表によると、バッハ会長の年間報酬は定額の22万5000ユーロ(約3000万円)。住まいは五輪の総本山、スイス・ローザンヌの駅近くの高台にある1915年創業の五つ星ホテルだ。サマランチ時代から続く「会長公邸」の定宿で、風光明媚なレマン湖が望めるが、バッハ氏によれば「会長職は試練の連続で心休まる日はない」。最大の正念場となる東京五輪は「より速く、より高く、より強く」のモットーに「Together(一緒に)」を加え、コロナ禍の今こそ「人類の連帯」を呼び掛けている。

 ただ近年は「ノーベル平和賞も視野に入れているのか?」と周囲に観測されるほど、政治色の濃い「スポーツ外交」に注力する動きも目立つ。

 16年リオ五輪で初の「難民選手団」を結成し、18年平昌冬季五輪では北朝鮮に特例参加を認めてアイスホッケー女子で五輪初の韓国と北朝鮮の南北合同チームを実現させた。7月8日に来日後は国連の「五輪休戦決議」の期間が始まる16日に被爆地の広島を訪問し、平和への取り組みを訴える計画だ。

 1000分の1秒単位の差が勝負を分けるフェンシングの競技で厳しさを学んだリーダーに、かつてない難局を乗り越える勝算はあるのか――。

 世界から数万人規模が集う五輪でコロナ感染再拡大が起こるリスクは消えず、責任の所在は曖昧。「トンネルの先の光に」と繰り返す言葉は世論に響かず、開幕が迫る混迷の祭典は先行き不透明なままだ。

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